数々の映画メディアで活躍し、本サイトLmaga.jpの映画ブレーンでもある評論家・ミルクマン斉藤。映画の枠に収まらず多方面に広く精通する彼は、NHK連続テレビ小説(朝ドラ)も注意深くチェックするという。この春スタートした『エール』について、第4週(4月20日〜24日放送)を観て思うところを訊いた。

第4週「君はるか」

ついにクレジットに脚本家表記が出た。「原作 林宏司」「脚本 吉田照幸」・・・おお、チーフディレクターの名じゃないか! こんなの朝ドラ史上初めてではないか。と同時に林さんが降板したのも吉田さんと意見が合わなかったからだ、という推測が強まりましたね。でも今のところすこぶる快調な出来なので、僕としてはこのまま吉田流に突っ走っていただきたいところ。

ま、そんなことはどうでもよろしい。この週の目玉はなんといっても主人公・裕一の作曲した『竹取物語』がイギリスの国際作曲コンクールで見事入賞することだ。

史実はというと、(モデルとなった)古関裕而は「川俣銀行」に就職してはいたものの養子騒動に巻き込まれてはいないし(実家の呉服屋が経営危機だったのは本当だ)、学生時代から輸入レコードを聴きまくるサークルに入会して、ストラヴィンスキーやラヴェルなど最先端の音楽に夢中になり、山田耕筰やシェーンベルクの理論書で独学で習得したオーケストラ術で管弦楽曲や協奏曲などを書きまくっていたらしい。

とうてい踊り子にのめりこむ余裕など(もちろん銀行員として生きるつもりも)なかったみたいだが、ま、ドラマとしては人間味が増して大変好ましい。ちなみに裕而のこうした作曲家黎明期のストーリーは国際的コンクールに入賞したことも含め、やはり独学で作曲家になった5歳年下の北海道の青年・伊福部昭とも共通するところが多い。やがて2人は東宝怪獣映画の作曲家として名を並べることになるのだけれど。

「一瞬しか映らない文面まで手を抜かない」

ドラマのなかの裕一は手ひどい失恋後、なんと1年間も生ける屍状態だ。そんなとき、盟友・鉄男は新聞社の編集長(またしても蜷川幸雄門下の俳優・塚本幸男)から「双浦環の原稿を書け」と音楽雑誌を渡される。

その『世界音楽』誌をパラパラとめくるとイギリスの「エスター楽譜出版社」(実際はチェスター社)主催の国際作曲コンクールの募集要項がある。しかも審査員には裕一の大好きなストラヴィンスキーの名が! さっそく裕一にその雑誌を持っていき、応募しろとけしかけるのだ。

とにかくこのドラマ、一瞬しか映らない出版物・手紙などの文面にまでまったく手を抜いていないので、録画をストップモーションしてじっくり読んでしまう。

だからここでまたクラシック・マニアとしては些事に目が行ってしまうのだけれど、音楽専門誌自体が数少ないこの時代、『世界音楽』という雑誌は実際にはなかったが、『音楽世界』誌なら有力誌としてあった。今も京都にある「十字屋楽器店」=「JEUGIA」が出していた雑誌である。

ま、そもそも裕而がこのコンクールについて知ったのも、実は「チェスター社」が出していた輸入雑誌を見てのこと。ちなみにドラマ内広告にある審査員の面々も、ストラヴィンスキー、ラヴェルは当然実在として、「レナード・ボーウェン、ラファエル・ビアンキ」はおそらく創作。

ちなみにストラヴィンスキー(既にSPレコードが入っていた『火の鳥』『春の祭典』はとてつもない衝撃だったろう)は実際のコンテストでも審査員だったらしく、裕而は入選後、「直筆の手紙を彼から貰ったのだがフランス語なので読めないし翻訳してほしい」と恩師(藤堂先生のモデルのひとり)に手紙で頼んでいる。

「当時の古関の曲は楽譜が現存しない」

ドラマに戻る。コンテストの話を聞き及んだおせっかい銀行員4人衆は「古山くんの仕事は俺たちがやるから挑戦してみ」などとあり得ないくらいの特別待遇(ま、面白がってるだけなのだが)。

ここで裕一の音楽魂がふたたび燃え上がる・・・と言いたいところではあるが、流石にブランクが長く(音楽から逃避していた期間は放送回からするとたった2回なのだが)、いざとなるとなかなか音楽の神は降ってこなくて、雑誌の双浦環の写真にニヤつくばかり(笑)。

となると曲の主題をみんなで相談しよう、とポンコツ4人衆と鉄男が企画会議を始めるが当然、進展なんてあるわけがない。

(このシーンで板書された試行錯誤のあとも面白いのだが、ハイドン『驚愕』、ベートーヴェン『運命』『英雄』は今も使われるからいいとして、モーツァルト『木星』って何だ?・・・ああ、『ジュピター』か! でもそれ違うし。当時は神様の名じゃなくて惑星の名だと思ってたの?)

万策尽きた面々は頭を冷やそうと、ちょうど満月の夜空を見上げる。古典の素養がある鉄男がふと「いまはとて 天の羽衣着る折ぞ 君をあはれとおもひしりぬる」と『竹取物語』の歌を呟く。裕一の頭にひらめきが宿る。

怒涛のように五線譜に向かいメロディ(劇伴もそれを用いている)を走らせる裕一。ピアノも使わず(古関裕而は作曲時に楽器を使わなかったらしい) 一心不乱にどんどん書き進めて約1カ月、25パートから成る管弦楽曲『竹取物語』を完成させるのだ。

史実を補足すると、前奏曲および8つの小曲から成る舞踊組曲、つまりバレエ音楽であったらしい。音のイメージは雅楽に似せ、なかには打楽器と撥弦楽器だけの曲があるなどかなり実験的だった模様。ちなみに当時の古関裕而のクラシック曲はほとんど楽譜が現存しない。

と、ここまでは裕一の物語。交響曲的にいうならばこれを第一主題とすると、第二主題として関内音の物語も並行して描かれる。

「企んでないワケがない(知らんけど)」

成長した音はもちろん二階堂ふみ。これまたひたすら巧いし笑わせる。彼女としては映画『翔んで埼玉』以上に秘めたコメディエンヌっぷりを爆裂させ爽快至極だ。

音はむかし父に誓ったとおり歌手を目指して音楽教師の御手洗に学んでいるが、この御手洗がまた潔いくらいにカリカチュアされた強烈キャラ。

自分の職業を「ミュージック・ティーチャー」と呼ぶのに異常に固執し(あまりにも拘るので「ミュージック・ティ」あたりで場面転換するという繰り返しギャグも)、ド派手な仕草で英単語まじりのオネエ言葉、そして明らかにゲイ。

演じる古川雄大は大ミュージカル・スターなのに、これまた岩城役・吉原光夫と同じく歌わないんだな。スタッフはきっと何か企んでる。企んでないワケがない(知らんけど)。

それはともかく、成長した三姉妹がまた豪華。長女の吟は、『まんぷく』に次いで朝ドラ2度目の松井玲奈(やや過小評価の感もあるが映画『はらはらなのか。』などを見ても判るように巧いのだ)。

丸メガネの三女は最近超売れっ子の森七菜!・・・って、少女期を演じたのは新海誠監督の娘・新津ちせだったよね。そして森は新海監督作『天気の子』の声優。これも企んでないワケがない(知らんけど)。

常識人なように見えて結構ちゃっかりした吟が、音に「見合いしろ」と執拗に迫る。相手は怪顔おかっぱ俳優の坂口涼太郎。吟は、彼の兄でイケメンの長田成哉(映画『新聞記者』など)に近づくためにお膳立てしたのだ。なんとエゲツない(笑)。

で、見合いの席、上海帰りの坂口があの顔で「気が強い上海女に比べて、やはり大和撫子は三歩下がって・・・」などと滔々とのたまうのを遮り「違う! ちがうちがうちがう!」と胸ぐら掴んで反駁(はんばく)する音! 「私は男のうしろを歩くつもりはないから! 結婚したとしても私は一緒に歩きたい。一緒に歩いて一緒に支え合って生きていく、それが私の信条。以上!!!!」と去っていく。

ああ、気持ちイイぞ、この啖呵。最高やん、二階堂ふみ・・・いや、音。この主張に、吟が惚れてた長田成哉が惚れて音にプロポーズ、という続きもあるのだが、「女は結婚しかないちゅーか、女は美化されとるちゅーか、私は幸せ捨てても夢を取る」とニベもなく求婚を断る。

そんな音に「ミュージック・ティーチャー」が新聞を持って駆け込んでくる。ここからが交響曲でいうと展開部。裕一の『竹取物語』がコンテストに入賞したことが新聞に出たのだ。裕一は権藤家の手前もあって内緒にしていたのだけれど、唯一打ち明けた藤堂先生が鉄男にバラしてしまい「福島日民新聞」(実際は福島民報新聞)の記事に。それが全国に転載されたわけ。

その報道に大興奮、学芸会で演じたかぐや姫役に重ねもして「この喜びを伝えたい! ファンレターだわ」と、まだ聴いてもいない音楽を作った見知らぬ裕一(ま、子どものとき自覚せぬまま福島で会ってはいるんだけど)に、「やらずに後悔するよりやって後悔」イズムで手紙を書く直情径行な音。

その手紙というのが凄い。浅原鏡村の詩『君はるか』が印刷された紙片の裏面に小さい字でぎっしり思いの丈を書き綴り、書き足りぬ続きはオモテ面に。詞の余白にこれまたぎっしりタテヨコナナメに筆を走らせた怪文書。

これを読んで裕一は数多く届いたファンレター(同じような女子が全国にいたのだ)のなかでも「常識にとらわれない感性!彼女だけが理解してくれた!」と大感動、『君はるか』に曲を付け、すぐに返信して文通が始まるのだ(コレ、おおむね史実なのである)。

見知らぬ者どうしのロマンティックな恋情は募るばかり。だが裕一は数カ月後、コンテストの副賞である5年間の英国留学に旅立つことに。

なんとなんと権藤家の祖母が許可してくれたのだ。「成功することなど万にひとつもない。打ちひしがれて帰ってくる」と(怖〜い祖母役は三田和代! あの岸田森の終生のパートナーだった舞台女優ですね)。

留学を知り、「足枷になるのは嫌だから」と自ら身を引こうとする音の手紙が届く。それを読むや、「会いに行く!」と走り出す裕一。はてさてどうなりますか。

【今週出てきた曲】
●モーツァルト/歌劇『フィガロの結婚』より『恋とはどんなものかしら』(音+御手洗の初登場時にレッスンしてる曲)
●シャンソン『愛の喜びは』のイタリア語歌詞ver.(ファンレターを送る直前に音が歌う)
●ちなみに、藤堂先生は最近聴いてる音楽として『ショスタコーヴィチやストラヴィンスキー』と一目惚れされた堀内敬子に答えるけれど、1929年あたりではまだショスタコは早すぎる。ソ連本国でも認められはじめたばかりで音盤もなかったろう。

文/ミルクマン斉藤