「夢のつづき」をコンセプトに、6月21日に移転オープンした「宝塚ホテル」(兵庫県宝塚市)の支配人に就任した憧花(とうか)ゆりのさん。宝塚歌劇団で19年間娘役として活躍、エトワールを務めるほどの歌声を誇り、月組組長として仲間からも慕われた彼女が、新たなスタートを切る。

宝塚退団後に大学で音楽を学ぶなどバイタリティーあふれる彼女に、在団時のこと、ホテル支配人を引き受けた理由、開業に向けての想いなど、じっくりと伺った。

取材・文/小野寺亜紀

「退団後はやりたかったことを・・・」

──2000年に宝塚歌劇団へ入団後、『ME AND MY GIRL』のディーン・マリア公爵夫人など重要な役を演じられ、存在感のある娘役として活躍されていましたが、振りかえってみていかがですか?

色々な経験をさせていただき、濃密な日々でしたね。社会人としての基礎から、芸事への向き合い方まで宝塚で教わりました。真面目で誠実な先輩に恵まれ、組長までさせていただき、卒業公演では一番やりたかった役(『エリザベート −愛と死の輪舞(ロンド)−』の皇太后ゾフィー)を演じることができて・・・。本当に恵まれていたなと思います。

──神戸市ご出身ですが、宝塚歌劇は幼いころからご覧になっていたのですか?

はい、母が宝塚歌劇を好きで、姉と3人でよく観に行きました。大地真央さんがトップスターの時代から、旧宝塚大劇場では3階席の通路に座り、500円で観劇していました!(当時の立見席。現在の宝塚大劇場は1・2階の造りで、立見席は1階席後方のみ)

幼稚園のとき、プログラムの男役さんを見て、「どうして男の人が口紅をしているの?」と母に訊いた覚えがあります。

──では、とても身近に宝塚歌劇があったのですね。

常に人生の隣に宝塚がありました(笑)。

──入団後、「お芝居の月組」と言われる月組に在籍され、舞台人としてのベースができあがっていった実感がありますか?

やはり組によって脈々と受け継がれているものがあり、月組はお芝居に対して「気持ちがつくれていないと、台詞を言えない」というような考えがありました。ちょっと職人的で、そこは私も後輩たちに引き継いでいきたいと思い、自主稽古でよくアドバイスしていました。

──2016年からは月組組長に。組長はトップスターとはまた違う意味で組子をまとめる、重要なお役だったと思います。

私は組長を務めた先輩方と親しくさせていただいていたので、責任は就任前から感じていました。ですが、やはり自分がさせていただいて改めて実感いたしました。

70人ほどの組子がさまざまなことを思いながら舞台を務めているので、一致団結するためにどうすればいいか苦心しましたね。体調を整えて、良い環境のなかで、日々舞台をつくっていくというのは難しいこと。だれかが休演すれば、それぞれの対応が必要ですし、山あり谷ありです。だからこそ組のみんながひとつになったときはすごく感動的で、とてもいい経験をさせていただいたなと思います。

──舞台やご挨拶などから伝わってくるお人柄が、しっかりしていてみなさんに頼られるタイプなのではと思っていました。

そうですね、でも意外と気の弱いところがあるんですよ(笑)。 いつも組のみんなが守ってくれました。「すーさん(憧花さんの愛称)緊張してるでしょ?」と気軽に声を掛けてくれたり、最後の千秋楽にそっと手紙を渡してくれたり。

組長としては暗い顔をしないように心掛けていました。やはり私が泣いたりすることがあれば、組子が心配してしまうので。

──その思い出深い宝塚歌劇団を2018年11月に卒業されて、どのような道に進もうと思われたのですか?

在団中は忙しくて舞台のことしか考えられなかったので、とりあえずやってみたかったことから取り掛かりました。半年ほどロンドンやニューヨーク、国内にもいくつか出かけ、声の勉強をずっとしたかったので、大学にも。

──「大阪芸術大学」通信教育部の音楽学科に入学されたのですね。

そうです。実技は舞台でずっとしてきましたが、もっと理論を知りたいと思って。やはり歌は好きでしたが、「なぜできないんだろう」と思うこともたくさんありまして。昔の方々がどのように音楽をつくられてきたかを知ったうえで歌うと、まったく自分の感じ方も違って、大変おもしろいです。

「感動があると心が豊かになる」

──今年移転開業する宝塚ホテルの新支配人に、というお話があったときは驚かれましたか?

はい。でも卒業後、色々な勉強をしていくなかで、「私はたぶん最終的に、宝塚のためにこの勉強をしている」と思っていました。支配人とは想像していなかったのですが、「宝塚大劇場」のすぐ近くで働かせていただけるのは、宝塚にも、OGの方たちの役にも立てると思い、お引き受けしました。

違う選択があったのかもしれないのですが、やはり「宝塚愛が勝っちゃった!」んです(笑)。

──大きな決断だったと思うのですが、素敵なお話ですね。依頼があって、大学を辞めることも考えられたのですか?

支配人としてディナーショーなどイベントの企画の仕事もすると伺い、音楽の知識は出演者と話をするうえで役に立つと思ったので、大学の勉強は続けています。

──元タカラジェンヌとして、色々なことを企画していきたい、という想いが?

今、OGの活動はとても広がっていますよね。私の同期は女性パイロットになりましたし、卒業後の人生、結婚や出産後も働いている人がたくさんいて、SNSなどで発信し、ファンの方との交流も盛んです。私自身、色々なつながりがあるので、多くの先輩後輩と一緒に楽しくお仕事できたらと思っています。

──90年以上の歴史ある「宝塚ホテル」の移転、開業準備を進めるなかで、憧花さんはどのようなことに取り組まれたのですか?

まずは、スタッフのみなさんの様子をひたすら見て、お名前を覚えて、情報を集めるところから始まりました。総支配人に色々と教えていただき、仕事内容を把握して。

私が「宝塚ホテル」にいる意味は、やはり宝塚歌劇との連携だと思います。再開したときに、ホテルとどのようにつながっているのかが見えてくると思うので、そのなかで自分ができることを考えていきたいです。

──宝塚大劇場オフィシャルホテルならではのお部屋や展示なども、アドバイスされたのですか?

2階のギャラリーについては、展示監修をさせていただきました。私も宝塚ファンなので、みなさまが何をご覧になりたいかという点で、アドバイスしやすかったです。

──ホテルのコンセプトが「夢のつづき」ということで、華やかな世界観が味わえる造りとなっていますね。

この絨毯(宴会場「舞花」のフロア)は椿柄なんですよ! (上部の)このシャンデリアは、「ロゼ」という宴会場から移設したもので、私もとても気に入っています。

旧ホテルは、卒業した日のフェアウェルパーティーなどさまざまな機会で利用し、家ではないですけれど(笑)、とても身近に感じる存在でした。新しくなったこの「宝塚ホテル」でのスタッフも、歌劇団の知識が豊富で、連携プレイがとてもスムーズです。

──このたびは新型コロナウイルスの影響で大変だったことと思います。憧花さんご自身、今の世の中だからこそ心に留めていることはありますか?

大学のスクーリングを受けたときに教授が、「芸術、エンタテインメントは人間にとって必要か」というお話をされて・・・。芸術は人が感動するためにある、でも感動は必ずしもしなければいけない、というわけではないですよね。

ただ、感動があると心が豊かになり、その感動があるのと、ないのとでは充実感が違うと思います。この状況で、そういうことを考えるようになりました。

──7月17日の宝塚歌劇再開が楽しみですね。

劇場できっと泣いているお客さまも、いらっしゃるのではないでしょうか。舞台に立つタカラジェンヌも、味わったことのない感動が湧いてくると思います。本当にその日が待ち遠しいです。

──今後、考えていらっしゃる目標は?

宝塚を辞めたときは、まさかこんな自分になっているとは想像していませんでしたが、劇団のために何かできているというのは嬉しい驚きです。とても恵まれたことだと思うので、この状況に感謝しながら、スタッフと協力して素晴らしいホテルにしていきたいです。