新型コロナウイルス感染の有無を調べるPCR検査に関して、4月6日の会合で件数を一日2万件に増やすと表明した安倍首相ですが、達成には程遠い状況となっています。その原因はどこにあるのでしょうか。今回のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』では著者で米国在住の作家・冷泉彰彦さんが、PCR検査の手順や方法、キット等を改めて紹介した上で、そこから導き出される「検査数を増やすために必要な2つの対策」を提示しています。

新型コロナウィルス問題の論点 検査数拡大、具体的な障害はどこに?

2月以来、日本ではPCR検査数の拡大が課題となっています。にもかかわらず、4月下旬となった現在でも検査数は一向に伸びていません。4月の初頭に安倍総理は「一日2万件」に増やすとしていましたが、現状でもせいぜい1万、日によっては大きくこれを下回る状況です。

そんな中で、週末になると検査処理件数が減るので感染者が減少するという現象が当たり前になっていますし、感染拡大が続く中で、検査待ち、あるいは判定待ちの間に重症化した患者が亡くなるといった状況が続いています。

一時期は、検査数を一気に拡大すると、陽性者も増大して医療現場にあふれることから、医師会などは検査の拡大に反対していました。ですが、その医師会も現在では「肺炎患者が陽性かを判定しないと治療が進まない」「非コロナ患者の場合に陰性と確認して治療を進めたい」などの理由から、迅速な検査の必要、つまり検査数の拡大を要請する立場に変わっています。

そんな中で、コロナ対策の指揮官とも言える西村康稔担当大臣が、同僚に陽性者が出たとして早期にPCR検査を受けたところ「地位の乱用であり不公平」などという、不思議な批判が出るなど、妙な社会的リアクションも起きているのです。

このPCR検査については、民間でも「歯がゆい」思いをしている人は多く、例えばソフトバンクの孫正義氏は、「陽性=入院」としていた早い時点で検査数拡大に資金を提供すると宣言して多くの批判にあっています。また楽天の三木谷浩史氏は、検査キットを販売しており、これも批判を浴びています。

そんな中で、政府は「PCRセンター」を設置するとか、一方で、「羽田・成田・関空での水際PCR検査では無症状者は除外する」、更にはかなり思い切った対策として「歯科医師にも検体採取を認める」といった策を打ち出しつつあります。

ですが、問題はそこではないようです。

採取された検体は、基本的に保健所や民間の検査機関で検査が行われます。簡単に言えば、採取した検体を増幅したり着色したりして、遺伝子検査を行うのです。その際に検査を行って判定を下すには専門的な技術が必要です。そうした検査員は、基本的に「国家資格である臨床検査技師の有資格者」であり、かつ「遺伝子検査の経験が十分にある人材」でなくてはいけないようです。

一方で、検査の方法については、米国CDCの製品、スイスのロシュ社の製品、島津製作所が開発した製品など、様々なタイプがあります。新しいものほど、簡易となり、スピードアップと効率化が図られています。

ということは、ズバリ対策としては

検査技師を養成する。処遇を改善し、有資格者で稼働していない人材を採用し、効率の良い研修方法を開発して、早期に戦力の増強を図る。 より迅速で大量の処理のできる検査キットに変更し、併せて機器を更新、更に検査に必要な薬剤等の確保を行う。

という2つが必要です。検体採取という入り口を増やすだけではダメということです。本件については政府には明快な説明を求めたいと思います。

専門家任せのリスコミをめぐって

以前にもこの欄(「高評価のクオモNY州知事、ブレる安倍首相。何が欠けているのか?」)でお話をしたように、リスコミ(リスク・コミュニケーション)においては、立場が透けて見えてしまう政治家や、組織防衛の匂いのする官僚の言葉は伝わって行きません。生命の安全ということに危機感を持った世論は、どうしても嗅覚が鋭くなってしまい、リスクとの対決に集中できずに、利害を計算してしまう人の言葉は受け付けないからです。

そこで、トランプ政権も安倍政権も「大事なことは専門家に語らせる」という手法に逃げているわけです。そんな中で、以前から指摘しているように、厚生労働省のクラスター対策班で活動している北海道大学の西浦博教授が、リスコミの前線に立たされてしまっています。

その西浦教授については、例えば左派は「安倍政権が8割削減という根拠なき強制を行っているので怪しい」という立場ですし、一方で右派(アゴラ陣営など)からは「不要な対策、そもそも数学的根拠が隠されていて怪しい」などと批判を受けているわけです。また、専門的な立場としては、横浜市大の佐藤彰洋教授の批判などもあります。

佐藤教授は「遅れという概念」、つまり感染拡大の数理計算において、潜伏期間などのパラメータに「もっと長い期間もありうる」とすると隠された感染がもっと拡大している可能性があるということ、それと「地域特性」、つまり東京のカーブと、もっと人口密度の低い地方のカーブは全く異なるということ、この2つを主たる根拠として西浦計算を「甘い」と批判していました。

但し、その後、ツイッターの世界で、西浦教授から佐藤教授には「対策班に来ませんか?」という勧誘がされていたようですので、お二人は気持ち的にも数理計算の理論の上でも通じているのかもしれません。

それはともかく、西浦教授は自称(?)「8割おじさん」としてすっかり有名になっており、ネットの世界では称賛もあれば、炎上気味でもありという状況になっています。

こうした様子を見て、神戸大学の中澤港教授(公衆衛生学・国際保健学)が次のようなコメントを出しておられました。切実な文章なのであえて引用させていただきます。

西浦さんがリスコミや広報的な仕事に力を入れれば入れるほど、手続き的説明の厳密さを大事に思っている人たちというか、細かい突っ込みをしたい人たちが敵に回り、理論疫学自体や西浦さん自身を攻撃し始める(学問自体は論文でしか評価されないから、広報で出したものを批判されても、学問的には痛くも痒くもないが)。ああいう仕事は尾身先生と押谷先生がした方が良い。仮に、批判者が求めている、本当に使っているモデルの詳細な説明をしたとしても、ある程度数学の素養が無いとわからない話なので、広報としてはあまり意味が無い。むしろ、尾身先生や押谷先生が、本当はもっと細かく丁寧な分析をしているのだけれども、プロでないと理解できない話だから、本質を失わない範囲で物凄く簡略化して説明します、と前置きして説明すれば、「論文は難しくてわからないけれども論理性に欠ける」とか「いい加減な人だ」とかいう、明後日の方向からの攻撃(そういうtweetがあった)を避けられるのではないか。リスコミ班の方々、西浦さんに頼りすぎ。出てこいと言われても計算しているから暇が無いで良いと思う。とはいえ、他の誰が言うよりも西浦さんの声の方が多くの国民に届くという広報のプロの判断は、たぶん正しいのかもしれず、それで行動変容が拡がるなら、自分は泥を被っても良い、と西浦さんは思っているのだろう。泣けてくる。

多分そうなんだと思います。例えば、私のこのコラムなども、もっとキチンとした発信ができていれば、こうした専門家の方々の負荷を減らせるはずです。私はコロナの専門家ではありませんが、少なくともジャーナリスティックな発信については、経験も含めて専門家だからです。

その意味で、この中澤先生のコメントについては、100%同意というだけでなく、とても重く感じられたのは事実です。

コロナ禍の中で、クオモ知事の地下鉄問題に成果

ニューヨーク地下鉄の「Lライン」は、2012年10月のハリケーン「サンディ」上陸の際に、高潮が満潮時に重なってトンネル内が浸水するという被害を受けていました。特に、イーストリバーの海底トンネルはほぼ全区間が海水に浸されてしまったのです。

この度、その電化設備の更新工事が完成しました。それがどういう工事であったのか、また工事の完成が、どうしてクオモ知事の政治的ポイントになるのかを整理してみたいと思います。

この海底トンネル部分ですが、開通は1924年で「ほぼ100年」を経ており老朽化していた中での被災となりました。問題は「き(饋)電線」です。この路線は、NYの多くの地下鉄同様に第三軌条集電方式、つまり東京で言えば地下鉄の銀座線や丸の内線のように「線路脇に設けた第三のレール」にブラシを接触させて電気を集める方式となっています。ちなみに、NYの場合は直流625ボルトです(東京の2線区は直流600ボルト)。

この第三軌条に電力を供給するのが「き電線」ですが、このNYのL線の場合は線路面に近いコンクリートのボックスに入っていました。そこが丸ごと海水に浸かってしまったわけです。地下鉄を運営するニューヨーク交通局(MTA)は応急工事を行なって運転を再開したのですが、海水によってケーブル類がダメージを受けており、漏電の危険が免れないという指摘がコンサルなどから出ていました。

そこを「だましだまし」運転していたのですが、さすがに「100年ものの電線が海水に浸かった」のを放置するのが怖いということで、全面改修を行うことになったのです。当初案は、NY市のデブラシオ市長が主導してコンサルが立案し、2019年から「15ヶ月間運休(当初案は18ヶ月)」を行って海底トンネル部分の電気系統に関する改修工事を行うとしていたのです。

ところが、その2019年を前にして2018年の12月にはこの「運休問題」により市内では多くの動揺が発生しました。つまり「L線」が使えないとなると、代替バスなどによって通勤時間が長くなるので大変だという声が、ブルックリンの住民から出てきたのでした。何しろ、ブルックリンの中心部からマンハッタンのユニオン・スクエアまで真っ直ぐ東西に入る線が運休となると、通勤へのダメージは大きいのです。

単に反対意見が出ただけでなく「住宅を売って転居する」とか「転職を余儀なくされる」などの動きが出てきて大騒ぎになりました。デブラシオ市長は「あくまで安全優先」だとして「15ヶ月運休による徹底した改修を」という立場だったのですが、何とこれにクオモ知事が介入したのです。

クオモ知事の行動は素早く、コロンビア大学の専門家などとタスクフォースを作って代替案を検討。年明けの1月3日には「テスラが走る時代に15ヶ月運休はナンセンス」だとして、欧州の鉄道工事業者を突然導入すると宣言したのでした。電源や通信のケーブルを「コンクリで覆うのでなく、トンネルの内壁に固定する」という工法を導入すれば、深夜と週末だけの運休で改修が可能だとブチあげたのです。

これは実は技術的には常識で、日本でも地下鉄の電線は、内壁に固定するのが一般的です。線路脇のコンクリボックスに入れておけば、浸水の危険がある一方で、それより高い内壁に引っ掛けておけば、浸水の心配は減るし、なによりもメンテが簡単だからです。

MTAは知事案を受け入れ2019年の4月から工事がスタートしました。全面運休ではなく、3番街駅〜ベッドフォード・アベニュー駅間を深夜と週末に限って、単線として片側双方向の運転としたのです。つまり運休はなしで運転間隔を空けるだけというわけです。しかも、当初は15ヶ月から20ヶ月と言われていた工期は、結局12ヶ月で完成したことになります。

この「クオモ対デブラシオ」の対決ですが、同じ民主党政治家ではあるものの、クオモは「オバマ、ヒラリー」に連なる中道派(元ケネディ一族でもあります)である一方で、デブラシオは左派のサンダース派ですから、多くの点で水と油です。その確執がモロに出てしまい、しかも市長はメンツ丸つぶれという結果となりました。

一方で、この一件により、アンドリュー・クオモ知事の人気は更にNYで拡大するのではと思います。但し、今回の「15から20ヶ月が12ヶ月で」というのは、この人の常套手段で、コロナのときも「最悪シナリオ」をまず出して、連邦政府にリソースを強く要求していました。つまり「とにかく大きく吹っかけて」その後、「それより改善」できると、支持が上昇するという手法です。

まあ、天性の政治センスということなのだと思いますが、コロナの場合は「すみません、病院船はもう要りません」というメッセージを、ちゃんとホワイトハウスに行って気難しい大統領に直接説明した、という周到さも持っています。

では、このクオモ氏は大統領の器かというと、それはちょっと違うように思います。色々と脇の甘いところがありますし、それにNYでの人気が全国区人気になると考えるのは非現実的だからです。

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