もはや未曾有の国難と言っても過言ではない、新型コロナウイルスによる感染症の拡大。突然襲いかかってきたこの国家的危機に対して、我々はどう向き合うべきなのでしょうか。今回の無料メルマガ『致知出版社の「人間力メルマガ」』では航空自衛隊の元空将である織田邦男氏が、「危機管理の2つの原則」を紹介しています。

危機管理の重要な原則

新型コロナウイルスが世界中で猛威を振るっています。日本でも感染者が増え続け、緊急事態宣言が出されるなど予断を許しません。私たちはこの国家的危機にどう対処すればよいのでしょうか。

航空自衛隊の元空将として日本防衛の最前線に立ってきた織田邦男氏に、豊富な事例を引きながら、国家における危機管理の原則、要諦を教えていただきました。

突如訪れた国家的危機

まさにいま日本は国家的危機にあり、有事の状態にあります。まずはこの現実をしっかり認識し、リーダーはもちろんのこと、何より私たち国民一人ひとりが「いまは有事である」と頭を完全に切り替えて、国家の危機管理に向き合っていかなければなりません。

国家の危機管理に最も求められるのが、リーダーの決断に対し国民が積極的・自主的に協力する「フォロワーシップ」です。どんなに優れたリーダーがいても、それに国民が協力しないようでは何事もうまくいきません。指導者のリーダーシップと、国民のフォロワーシップが一体となって初めて国家の危機管理は成功するのです。

例えば、共和政時代の古代ローマでは、平時には毎年2名の執政官を選挙で任命し、政治を切り盛りしていました。しかし外敵の侵入や疫病の流行といった有事に際しては、短期間(通常6か月)という期間を区切り、一人の人物に全権委任して危機管理に当たらせました。いわゆる「ディクタートル(独裁官)制度」です。

そして重要なのは、その期間中、国民はディクタートルの決断を批判せず、全面的に従うということです。

平時と有事で決定的に違うのは時間的要求です。「船頭多くして船山に登る」という言葉があるように、「小田原評定」では、時間ばかりかかって結論が出ません。

新型コロナウイルスの場合は、決断に時間がかかればそれだけ感染が蔓延してしまいます。ですから、「ディクタートル制度」は、日々刻々と変化していく状況に対し素早く決断し、実行していくことが求められる危機管理の本質に合致した制度であるといえるでしょう。

とはいえ、現代の民主主義国家の日本で、古代ローマの「ディクタートル制度」をそのまま採用することはできません。ただ、危機管理で求められる本質は現代と何ら変わらないはずです。

危機の間は、国家のリーダーである総理が叡智を集めて迅速に決断し、国民はそれに積極的に従う。そして危機が去った後に、リーダーの決断が正しかったのか徹底した検証を行い、不満があるならば選挙で落とす。これが民主主義下の「ディクタートル制度」であり、国家の危機に対処する原則なのです。

情報が集まるところに権限を委任する

もう一つ、危機管理の大切な原則は、「情報の集まるところに権限を委任する」ということです。

前例のない危機において、情報が最も入ってくるのはやはり現場です。ですから、一番何をすべきかを知っている現場に対応を一任し、責任はトップが取るというのが危機管理のあり方なのです。

米国連邦緊急事態管理庁(FEMA)には「FEMAの原則」という対応原則があります。これは

「腹心(信頼できる部下)を現場に派遣せよ」 「現場に裁量の権限を委任せよ」 「日頃から信頼できる部下を育成せよ」

という有事におけるシンプルな対応原則です。実際、アメリカで自然災害が発生した時など、FEMAは現場に派遣した腹心に白紙の小切手を持たせ、現場に大きな裁量を与えています。

危機においては、現場の状況が分からない人間が外からとやかく意見を言っても、混乱を招いてしまうだけです。

その点、今回の「ダイヤモンド・プリンセス号」の政府の対応に対する一部メディアや識者の無責任な批判は、いかに日本人が危機管理に疎いかを示しているといえるでしょう。

自らは安全な場所にいながら、「乗員・乗客を早急に下船させるべきだ」などと、コメンテーターと称する素人が現場の苦労も何も知らないまま無責任な批判をする。そのような批判は、国民を不安にし、現場の士気を落とすだけです。

また、船内に数時間滞在しただけで、政府の対策の不具合を批判する動画を流した大学教授もいましたが、全く危機管理が分かっていないと言わざるを得ません。

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