兵庫・宝塚市でウェブ制作をしているJさんの飼い猫「にゃん」は、かつてインスタグラムでも話題になっていた。というのも「にゃん」はもともは高知県のサーフィンで有名な海岸近くの公園に住みつき、サーファーたちのアイドル的存在だったからだ。

 ある日、サーフィンに訪れたJさんは、この公園で1匹の猫と出合った。人からご飯をもらうことを覚えており、公園でお弁当を食べている人がいると「ニャーン!」「ニャーン!」とおねだり声で鳴いて近づいてくる。Jさんは「人懐っこい猫だな」と思いながら、愛きょうをふりまく様子を横目で眺めていた。

 数週間後、再びこの公園を訪ねると、またあの人懐っこい猫がいた。相変わらずの様子を見て「かわいいやつだな」と、その猫に気が向くようになった。一緒にいた夫人が「にゃんにゃんちゃん」「にゃんちゃん」と呼ぶことから2人の間では自然と「にゃん」という名前になっていた。

 「次行く時は、にゃんに何か持って行ってやろう」と思い、今度は猫用の焼きカツオを持参した。それを「にゃん」に与えると、美味しそうに食べている。その様子をほほえみながら見守っていた夫人は「連れて帰ろう」と言い出した。しかし、Jさんはこの時は連れて帰ろうとまでは思っておらず、ひとまず反対して、宝塚市の自宅に車を走らせた。

 2人には猫の飼育経験がなく、今後どうするかを帰宅後に話し合った。結果、家に迎えることを決心し、次回、サーフィンで訪れるタイミングで連れて帰ることにした。夫人は後に高知の公園にとどまった場合に「冬になったらどうするのか?寒さをしのげるのか?」「サーファーが減る時期はご飯を食べ続けられるのか?」「仲間がいないけれど、寂しくないのか?」と思っていたことをJさんに打ち明けたという。

 ところが次に行った時は現れず、その次でようやく再会できた。2人は感激し、近寄ってきた猫を抱っこし、そのまま車の中へ連れて入った。その前には「にゃん」の母猫や兄弟がいないか探したという。「もし、家族がいたら誘拐になるのでは」と、少ない猫知識で思案した。結局は「にゃん」以外の猫は見つからなかった。

 いざ、そこから宝塚まで帰り道は4時間のドライブ。車に慣れない「にゃん」は移動中に「ニャーゴ!ニャーゴ!」と激しくわめき出した。「どうしよう」。いままで見たことのない姿に2人は焦り、高知の公園に引き返そうかと思ったという。しかし、しばらくすると、落ち着いたのか諦めたのか分からないが、スフィンクスのようなポーズをとって静かになった。

 自宅に着くと、しばらくはベッドの下から出てこなかったそうだが、翌日にはソファでまったりし、3日目には夫婦と一緒にベッドの中で寝るまでになっていた。

 しかし、この猫には妙な癖があった。昔を思い出すのか、ベランダの開け閉めの際に外に出ようとするのだ。そういえば「にゃん」がいた海岸は自然がいっぱいのきれいな場所で、よく防波堤で気持ちよさそうに日向ぼっこしていた。

 Jさんは家猫になったことで安全や食事、医療の面ではプラスになったと思う反面、奪ったものも大きい、といまでも思う。外に出たがるのを見るたびに申し訳ない気持ちでいっぱいになる。「自分のわがままではないか?」と。

 だが、それを差し引いても家の環境の方が「にゃん」にとっては良いのでは?と考えるようになった。「悩んでも仕方がないし、海岸の公園より宝塚が良かった!と”にゃん生”の最後に思ってもらえるようにしよう!」といまは「にゃん」のしたいことを何でもしてあげている。夫人には「甘すぎる」と言われるそうだが、とことん甘やかそうと思っている。

 「にゃん」との生活はいまで3年3カ月。Jさんに今後のことを聞くと「にゃんはどう思っているのか分かりませんが、高知の海岸はめっちゃ良い所だった。そこより良い環境を整えてやりたい」と語ってくれた。

 そんなある日、自宅を訪ね、「にゃん」の写真を見せてもらっていると、海をバックにしたインスタグラムの写真がたくさん出てきた。どうやら高知の海岸で「にゃん」はサーファーの人気猫だったようだ。Jさんによると、保護してから「にゃん」の情報がないかネットで調べていると、インスタにアップされているたくさんの写真が見つかったという。

 保護する前の知らない「にゃん」を見ては、嬉しい気持ちと少し嫉妬心もあると言ってJさんは笑った。その光景を見て、家族の「にゃん」に対する愛情を感じ、私もほっこりした気持ちになった。

(NPO法人動物愛護 福祉協会60家代表・木村 遼)