冬になると人間界でも風邪が流行りますが、猫界でも冬はひどい風邪をひく季節です。特に地域猫達は猫同士の接触機会も多いため、大流行してしまい、回復が遅い傾向にあります。猫風邪は、人間の風邪とちょっと症状が異なり、眼の結膜に強い症状が出ます。その結果、目ヤニと鼻水で眼から鼻周りがドロドログジュグジュに…。猫は鼻が詰まると臭いがわからずに、格段に食欲が落ちてしまいます。

猫風邪というのは、いうなれば猫と病原微生物(病気を引き起こす細菌やウイルスなど)との闘いです。戦場は、感染初期は眼の結膜や鼻腔から喉の奥の咽頭、喉頭などです。そこで猫の白血球などを含めた免疫チームと微生物チームが戦い、猫の免疫チームが微生物チームを全滅させることができなければ、微生物チームはさらに猫の身体の深部に侵入します。『腹が減っては戦ができぬ』とはよくいったもので、猫の食欲が落ちれば栄養が体内に入ってきませんので、猫の免疫チームの給食も滞りがちになり、戦ができなくなって、微生物チームに負け越されてしまう可能性が大になります。何とか食べさせたいところです。

当院にも、鼻をブーブー鳴らした子猫ちゃんがやって来ました。そこで思い出しました。私の飼っているモシャモシャのメインクーンミックスの猫、カッツ(現在15歳)も昔、生後2~3カ月齢でひどい風邪をひきました。

多くの子猫は、生れた直後から生後1~2カ月は風邪をひきません。なぜかというと…お母さんの母乳を飲んでいる子猫は、その母乳の中にいろいろな病原微生物をやっつけるための『免疫成分』という武器が入っているので、そのおかげで感染症から守られているのです。生後1カ月を過ぎると次第に母乳を飲まなくなり、そうするとお母さんから譲り受けた武器は日に日に目減りしていき、生後2カ月を過ぎるころには、外から入ってきた病原微生物を打ち負かすほどの威力はない武器しかなくなってしまいます。そのために、これまで風邪になどかかっていなかったのに、たちまち風邪にかかってしまうのです。

もちろん、お母さん譲りの武器にばかり頼っていては、いつまでも独り立ち出来ません。ですから、子猫は自分自身の免疫機能を完成させて、体内で病原微生物に立ち向かう武器の製造ラインを整備し始めます。ですが、これがお母さん譲りの武器が無くなるころには、まだまだ武器の製造量が少ないので、免疫成分の一番少ない『谷間』となってしまって、風邪にかかりやすい状態になってしまうのです。早期に武器の製造ラインの整備が完了していれば、風邪にかかることは無いのです。

しかし、生後2カ月といえば、お母さんの元を離れて、譲渡や販売などで新しい生活環境に連れていかれる時期と重なります。新しい生活環境では、慣れるまではいろいろなストレスがかかり、ストレスは病気に対する抵抗力を低下させ、病原微生物の侵入を防ぎきれないこともしばしばです。そして、ひどい風邪をひいてしまいます。

一般的には10~20日程度で猫風邪の症状は改善することが多いのですが、子猫や抵抗力の落ちた一部の猫では、風邪が治りきらずに結膜や鼻の粘膜に病原性微生物が居残ってしまいます。そうなると、年単位でいつも鼻汁を垂らしている、鼻が詰まっているといった慢性の細菌性鼻炎、副鼻腔炎、あるいは結膜炎になってしまいます。

カッツも、生後2カ月を過ぎるころ、猫風邪と真菌症(水虫のような皮膚病)というダブル感染症にかかってしまい、その後生後6カ月ごろまでは、それはひどい鼻つまりでした。

カッツは、お気に入りの段ボール箱があり、いつもその中でお昼寝することが多かったのですが、その段ボールの周りの壁には、飛び散った鼻水で水玉模様ができていました。幸い、元気食欲もあり、メインクーンの特徴である大型猫の遺伝子も受け継いだらしく、体格は大きく成長していましたので、もうちょっと大人になったらマシになるかなぁ…と軽く考えていました。

カッツは、夜は2階の私の寝室で寝ているのですが、朝になると私とともに階段を降りて1階のキッチンへ行くのが習慣になっていました。そんな冬のある日の朝、いつものように2階から階段を降りるときに、カッツは途中から階段を踏み外し、1階まで転げ落ちました。カッツも私もお互いに驚きました。カッツを診てみると、眼球が揺れて(眼振)おり、真っすぐ歩けませんでした。病名は特発性前庭疾患でした。

この病気は、猫では原因がわからないことが多いのですが、(だから特発性といいます。)飼い主はまだなりたて初心者マークの獣医師でしたので、『探求心』にかられ、すぐに母校の動物医療センターに連れていきました。そして、カッツの頭部のCT検査をしていただきました。

結果は、もちろん若いので頭部のがんなどは見つからず、『カッツの鼻の中から耳の方にかけて鼻汁がいっぱい詰まっている』ということがわかりました。もしかしたら、このことが眼振につながったのかもしれません。耳の奥には三半規管という身体の平衡感覚をつかさどる感覚器があります。鼻の奥にはこの内耳とつながっている通路があり、そこも鼻汁で埋まっていましたので、三半規管に影響を及ぼしたのではと思っています。

実はカッツはCT検査をする前に、これといった治療もしませんでしたが眼振は数日で完治してしまいました。しかし、鼻には鼻汁が充満していましたので、その後は毎週、鼻を洗浄しました。その甲斐あってか急速に慢性鼻炎は治っていきました。以後15年間、一度も風邪をひいていませんし、鼻炎もありません。

猫風邪の西洋学的な一般的な治療としては、抗ウイルス薬の投与やインターフェロン注射、細菌感染を抑えるための抗生物質の内服などがあります。そして、食べなければ食欲増進薬、脱水していれば点滴、炎症が激しければ抗炎症薬、鼻詰まりには去痰剤…。身体が弱っているときには、そのような対症療法が体力を温存するためにはいいと思います。

でも、風邪が落ち着いたら是非やっていただきたいことは、『風邪に打ち勝つ丈夫な身体を作ること』です。それは、空気清浄器を設置するとか身の回りのものを消毒するとかではありません。猫自身の体内の、『免疫成分』を鍛えることです。質の良い食べ物を食べてよく遊ばせ、ストレスのない生活を送らせることなのです。これが、風邪に打ち勝つためにはとても大切なことです。

(獣医師・小宮 みぎわ)