福ちゃんは今年3歳になるメスの保護猫です。1歳になる前に歯肉口内炎を発症して、その後2年間、ずっと抗生剤とステロイドが処方され続けました。最初は痛みをよく抑えたこれらのお薬ですが、使い続けているうちに効果が薄れてゆき、ついに、何も食べなくなってしまい、こちらの病院に診察にきました。写真は診察時、3日間何も食べていない状態の福ちゃんです。舌には潰瘍もありました。皆さんもご経験があると思いますが、とても小さな口内炎や火傷でも、口の中にできるととても痛いですね。

猫の歯肉口内炎は、比較的よくみる病気です。はっきりとした原因は分かっていませんが、原因はひとつではなく、いくつかの要因が関与して発症するようです。具体的には、歯周病や猫白血病ウイルス、猫免疫不全ウイルス、猫カリシウイルスの感染、免疫のアンバランス…などです。歯肉と口の中の粘膜が赤く腫れて炎症が起こり、食事をする度に痛みます。臭いのするネバネバした、時には血や膿混じりのヨダレが出ることもあります。常にヨダレが出ていると、お昼寝の時には顎をのせる前足にこびりつき、舐めても取れなくなってしまいます。

はっきりとした原因が分からないのと同様、治療にもまた決定的な方法はありません。痛みや炎症を緩和させるためには、抗生剤やステロイドなどの薬が用いられます。しかし、お口の中で火事(炎症)が起こる原因を止めなければ、薬の効き目が切れるとまた火事が起こるといったイタチごっこになってしまいます。そして、ステロイドは長年大量に使い続けると、糖尿病や皮膚が薄く脆くなるといった様々な副次的な事象が発現します。できれば、薬による都合の悪い副作用は最小限に抑え、根本原因を取り除く治療をしたいものです。

猫の歯肉口内炎では、お口の中で集落を作って生活している細菌とその猫の免疫部隊とが戦う結果、自分の歯肉やその下にある骨まで壊されて…つまり、焼け野原になってしまって、なおも火事がおさまらないでいる状態といえます。歯と歯茎の間にある歯周ポケットには細菌の集落ができやすいので、歯を全部抜いてしまって歯周ポケットのトラブルを回避することが、治療のひとつになります。

歯を抜いてしまうのですか?可哀そうなので、それだけは避けてほしいといわれることもありますが、痛い歯を残しておくほうが、可哀そうに思います。キャットフードなどの加工食品を食べる限り、歯が無くとも日常生活で不便はありません。長期間に渡って歯肉口内炎がある場合、歯周病もかなり進行していることが多く、その場合も抜くこと(抜歯)が一番確実な治療法です。

猫の歯肉口内炎に対する治療として行う抜歯には、2段階あります。犬歯(一番背の高い歯、牙)より奥にある歯(臼歯といいます)を全部抜いてしまう全臼歯抜歯と、犬歯と口の一番手前にある小さい歯(切歯といいます)も含めて全て抜いてしまう全顎抜歯です。歯周病があれば、最初から全顎抜歯を行うこともありますし、歯肉口内炎が軽度の場合には、まずは全臼歯抜歯を行い、術後も痛みが残る場合には、再度麻酔をかけて残っている歯を抜くこともあります。

抜歯で痛みが消えない場合、それは歯を取り残していることが原因の場合もあります。残根といって、歯を抜いたと思っていても奥深くに歯の根っこが残っていると、やがてはそれが細菌の住処になって痛みが出ます。この残根を防ぐためには、抜歯した後に、歯科用レントゲン検査を実施して、全てを除去しているかどうかを確認する必要があります。

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前置きが長くなりましたが、福ちゃんは少なくとも犬歯と切歯が残っており、その他に残根があるかどうかは、全身麻酔をかけて歯科レントゲンを撮らないと分かりませんでした。しかし、抜歯をするというのは、ある程度の出血を伴いますし、手術を受ける側にも体力が必要です。丸3日間食べておらず、ガリガリに痩せ細った福ちゃんに、その体力はあまり無いようにみられました。ですから、まずは体力をつけるために食べてもらうことにしました。とはいえ、これまでと同じ治療では食べそうにありませんでした。

教科書的な治療が無効の場合、私は代替補完療法を模索して、併用します。治療は、その子その子によって体質や性格などなどに合わせたオーダーメードです。福ちゃんには、まずは毎日強制的に食事を食べさせました。幸い福ちゃんは、食べ物を口に入れても暴れずに飲み込んでくれました。

しばらくそんな生活をしていたある日、福ちゃんは『食べる』という生物の生理的欲求を思い出したようで、急にモリモリ、自分から食べ始めました。そして、みるみるうちに体重が増え、体重が1.5倍になり、そして、3歳にして初めて発情が来ました。そうなのです。猫は通常、生後半年も経つと発情が来ますが、どうやら福ちゃんは栄養状態があまりにも悪く、発情も来なかったのでした。

福ちゃんに発情が来たので、避妊手術と同時に残っていた歯と歯の根っこを除去しました。長期間ステロイドを服用していると皮膚や粘膜が弱く脆くなるので、避妊手術すら心配でしたが、無事に手術を終えることができました。

2週間後の再診時には、福ちゃんは顔つきがすっかり変わっていました。ヨダレもほとんど出なくなり、飼い主さんのお布団で一緒に寝ることができるようになりました。

私がかかわってきた歯肉口内炎の猫が、全てこのように劇的に良くなる訳ではありません。でも、一匹でも多くの猫が苦しみから解放されるように、頑張っております。福ちゃんは、本当に良かった!

(獣医師・小宮 みぎわ)