テレビCMなどに起用されることも多く、近年人気が高まっている柴犬。飼い主への忠誠心の高さが魅力の一つですが、中にはそれがマイナスに働き、他の人を咬んでしまう子もいるようで、「飼いづらい」ことを理由に飼育放棄する人も増えているとか。大吉君もそうだったのでしょうか。

 2017年12月、1頭の柴犬が鹿児島・徳之島の保健所に収容されました。ペットショップはなくブリーダーもいない島。恐らく本土から持ち込まれたのでしょう。譲渡希望者が複数、保健所を訪れたそうですが、今にも咬みつきそうな勢いで唸ってしまい、譲渡対象から外されてしまいました。譲渡対象から外れるということは、殺処分対象になるということ。人気の犬種でありながら、その柴犬には“命の期限”が設けられたのです。

 保健所の職員の一人が、『犬の合宿所in高槻』の伊藤順子さんにそっと耳打ちしました。「やっぱり無理ですよね…」。犬の合宿所は沖縄や鹿児島の離島から犬を引き取り、家族を見つける活動をしています。職員の言葉の裏には「この子を引き出してあげてくれませんか?」という意味が込められています。伊藤さんだって助けてあげたい。でも安請け合いはできません。「柴犬の気質をよく分かっている預かりさんが見つかれば…」と答えるのが精いっぱいでした。

 翌年の3月、とうとう“期限”が迫ってきました。伊藤さんはダメ元で、ブログに「怒りんぼ柴犬の預かりボランティアさん募集」と投稿。すると、兵庫・尼崎市に住む丸橋洋子さんから連絡がありました。「うちで預かりますから、助けてあげてください」と。

「飼っていた柴犬の海(かい)が17年9月に16歳で亡くなって半年後でした。まだ飼う気にはなれませんでしたが、インターネットで柴犬の情報をよく見ていたんです。そんなとき大ちゃんのことを知って、放っておけないと思いました」(丸橋さん)

 海君の前にも柴犬を飼っていて、難しい気質であることは分かっていたという丸橋さん。家族の協力があれば、新しい飼い主が見つかるまでお世話できると考えました。「大吉」という名前は娘の唯奈さんと一緒に考えたもの。「おみくじで大吉を引いたみたいに幸せになってほしい」という願いが込められています。

 3月15日、大吉君が丸橋家にやってきた初日。なんと家族4人全員が咬まれてしまいました。その後も何度となく歯を立てられ、みんな傷だらけ。5月にはご主人が手を激しく咬まれて病院行きとなり、車の運転ができないことから翌日の譲渡会を欠席したほどです。洋子さんも手や足をあちこち縫って、点滴を打ちに病院に通った時期もありました。

 そんな状況でも預かりをやめなかったのはなぜでしょうか。

「主人はさすがに怒ってもう返すと言っていました。でも、一度預かったんだから最後までお世話しようって説得したんです。私は絶対に心は通じると信じていました。あんなに咬むって分かっていたら、預かっていなかったかもしれませんけどね(苦笑)」

 丸橋さんは自分のことを「前世は犬だったんじゃないか」と言うほどの犬好き。だから大吉君のことも信じられたのでしょう。日がたつにつれて、怒りんぼの大吉君に変化が見られるようになりました。

「最初は突然、咬んできてたんですけど、しばらくすると、その前に唸ったり予兆があったんです。それだけでも咬まれなくなりますし、3か月後には抱っこできたり、シャンプーもできるようになったんですよ」

 唯奈さんが大吉君の変化を笑顔で振り返ってくれました。

 新しい“家族”が見つかったのは6月30日、大吉君にとって2度目の里親募集会でした。伊藤さんに「焦らずに3か月待ってくれる里親さんなら、必ず信頼関係を築けます」と断言した丸橋さん。自身の経験に基づく言葉です。

 複数の里親希望者の中から選ばれたのは、奈良県に住む辻さん母娘(おやこ)。トライアルは拍子抜けするほど順調に進み、正式譲渡が決まったそうです。丸橋家でたくさんの愛情を受けたおかげで、大吉君の人間不信は払しょくされていたのしょう。

「大ちゃんは男の人が苦手だったので、里親さんがお母さんと娘さんのふたり暮らしでよかったです。娘さんが『うちにいた子に似てる』って泣いているのを見て、幸せにしてくれるに違いないと思いましたね」(丸橋さん)

 これも運命。娘の葵捺(きなつ)さんによれば、「最近は咬むこともなくなり、母か私の膝の上で寝るのが大好き。何かあるとすぐ顔を舐めに来る」そうです。一度は命に期限を付けられた大吉君ですが、見事に“大吉”を引き当てました!

(まいどなニュース特約・岡部 充代)