「STAY HOME」に「#うちで踊ろう」、「テレワーク」に「密です!」、さらにはアマビエの絵まで…。さながら流行語大賞候補のようだが、実はこれ、文具店のペン売り場にある「試し書き」に書かれた言葉と絵。たいてい、小さなメモ帳サイズで、誰も気にもとめないようなその紙には知られざる奥深い世界があるという。

 いやいやいや…、といぶかしむところだが、世の中にはこの紙を4万枚以上集めた男性がいる。プロデューサーで文筆家、そして「試し書きコレクター」の寺井広樹さん(40)がその人だ。曰く、「試し書きは日本で数少ない、自由に、そして正々堂々と落書きができる場所なんですよ!!」と力を込める。

無意識のアート

 そもそも、その魅力にハマったのは10年ほど前にあてどなく世界を放浪していた頃。ベルギーの地方都市で入った店で、まるで絵画のような試し書きに出会ったのだという。

 「日本だとメモ帳サイズですが、A4ぐらいのサイズの、比較的丈夫な紙に、人間や花、笑顔などさまざまなイラストが描き込まれていた。その色使いも絵柄も、ベルギーの国民性を表しているように感じて…。すぐに店主に頼み込んで譲ってもらったんです。それで『あれ、試し書きって実はこんな楽しかったんだ、日本のってどんなだっけ』と居ても居られなくなって帰国しました」

 そんな理由で帰ってきたの?というツッコミは置いといて、それから国内の文房具店に出掛けては試し書きを譲ってもらえないか頼み込んだ。「最初は気味悪がられた」というが、次第に認知され、今では取っておいてくれる店もあるとか。世界の試し書きも併せて収集しており、自分で出向いた国に加え、友人に頼んで持ち帰ってもらったものも含めると、現在108カ国のものが集まっているという。実に世界の半数を超える。

 そんな面白いのか…とそのコレクションを見ていると、確かに主流は「あいうえお」や波線、曲線などだが、そこに印象的な言葉が登場するのに気付く。「試し書きって『つぶやき』に似てて、その時代の世相や流行語が知らず、出てくるんですよね」と寺井さん。実際、「35億」など「流行語大賞のノミネートの中に必ず、試し書きでよく書かれていた言葉が入っている」のだという。(確かに6月20日に発表された「2020年上半期インスタ流行語大賞」の流行語部門第5位には「密です」が入った)

つぶやきでつながる

 さらに、これでもかと詰め込まれた試し書きに、「←密です」とコメントしたり、かつてSTAP細胞が世間を騒がせた際は、かの名言「STAP細胞はあります!」の横に「ねえよ!」の文字が添えられたり。コロナ禍では「マスク入荷せよ」「マスク入荷して下さい」と呼応したかのような書き込みが見られ、さながらツイッターの元祖のようだ。

 「ほぼ見ず知らずの、年代も境遇も違う人同士が、この小さな1枚の紙の上で交流している。ネットだと仮想空間だけれど、紙と文字はリアル。字からは人となりも浮かびますし、それがどうしようもなく愛しくて」と寺井さん。そんな魅力にジワジワととりつかれる人も増えているのか、「本来は誰に見せるでもない、『無意識のアート』だったものが、最近はインスタ映えを狙ったような試し書きも増えている」(寺井さん)という。

 さて、今年の流行語や、いかに。

(まいどなニュース・広畑 千春)