NHK大河「麒麟がくる」は、新型コロナウィルスの影響を受けて、収録が休止されていたが6月30日より収録が再開。現在は、放送の一時休止となっているが、今回の大河ドラマで重要なアイテムとなっているのが鉄砲。今年1月19日の第一回の放送では、美濃国の明智荘を野盗が襲う場面で始まった。明智光秀らは弓で応戦するが、野盗の頭領は鉄砲を使い、その轟音に光秀は驚かされた。以来、光秀は鉄砲に関心を示して、斎藤道三の命を受けて、鉄砲を作る鍛冶職人を京へ探しに出たりする物語になっている。「麒麟がくる」では、鉄砲が欠かせない光秀の重要アイテムとして、度々登場している。

 戦国時代ファンに大人気のゲーム「信長の野望」(株式会社コーエーテクモゲームス)には、多くの戦国武将が登場し、その能力を武将ごとに再現をしている。明智光秀は、シリーズでの差はあれ鉄砲の能力を得意としている。

 実際のところ、明智光秀は鉄砲、当時でいう火縄銃を得意としていたのであろうか。様々な報道でも語られるように、明智光秀の前半生は謎に包まれている。最近の光秀研究では、医学や薬についても知識や技術があったことが明らかになってきている。

 光秀は、織田信長へ仕える直前は足利義昭の直臣であった。その後二人に仕える両属になり、実質的に信長だけに仕える身へと次第になっていく。信長が義昭を奉じて京へ上洛後、永禄十二年(1569)正月に三好三人衆らが、信長が京にいない隙を狙い、義昭の宿所だった本圀寺を襲撃した。

 この時、光秀が義昭を守り防衛戦に参加していた。『信長公記』には、「射倒し」とあるように光秀が得意の鉄砲で活躍した可能性が残っている。義昭襲撃事件は翌日、細川藤孝や荒木村重が加勢で駆けつけて、三好三人衆を撃退した。現在「六条合戦」「本圀寺の変」とも呼ばれるこの戦い。光秀は、鉄砲によって織田家中での評価が一気に上がったようだ。

 また、NHK「麒麟がくる」時代考証の小和田哲男教授は、書籍「ぶらり明智光秀の城&史跡めぐり」(マコト出版刊)内で特別コラム「鉄砲と光秀」を執筆されている。そのコラムには、細川藤孝の細川家の記録『綿考輯録』(めんこうしゅうろく)に、光秀が「大筒の妙術」を持っていた記述があると書かれている。大筒というのは、大砲と違い、火縄銃の口径が大きなものをいう。また、織田信長が人生最大のピンチとなった「金ヶ崎の退き口」では、今までの大河だと羽柴秀吉であり後の豊臣秀吉が殿(しんがり)として活躍したことになっていた。

 しかし、小和田氏はこの戦いで、実は光秀も殿(しんがり)を務めて、光秀自軍の鉄砲隊で、朝倉軍の追撃を防いだのであろう、と『当代記』などを元に考察をコラムで展開されている。信長と鉄砲を印象づける「長篠・設楽原の戦い」でも光秀が大きく貢献していたことを語られている。ドラマ上の単なる演出ではなく、光秀と鉄砲の関わりを歴史で知ると、大河「麒麟がくる」が再開したら、さらに面白く観られるかもしれない。

 また、今年4月末から始まった小和田哲男教授のYouTube「戦国・小和田チャンネル」は8.6万回以上の視聴回数を誇る動画など、大河ファンを中心に開局は間もないが多くの人気を集めている。

(まいどなニュース/デイリースポーツ)