来年のNHK大河ドラマ第60作「青天を衝け」には草彅剛演じる徳川幕府第15代将軍・徳川慶喜が登場する。その慶喜が明治時代に自ら撮影した写真をはじめ、家族らの姿を記録した貴重な資料が満載の新刊書籍 「みみずのたわごと」 (東京キララ社、税別1800円)が30日に出版される。著者は「徳川慶喜家に嫁いだ松平容保の孫の半生」という副題の当事者である徳川和子と、手記や資料を構成して加筆した慶喜の玄孫(やしゃご)で和子の孫・山岸美喜。その内容を紹介しつつ、出版に至る経緯を聞いた。(文中敬称略)

 本書の軸は和子の手記。幕末の歴史に名を残す会津藩主松平容保の孫として大正6(1917)年に東京市小石川区第六天町に生まれ、慶喜家3代目当主で公爵の徳川慶光と結婚。華族として育った幼少期から、華族制度が廃止された戦後の暮らしなどの日常や交遊録などを手記につづり、2003年に死去した。

 ワープロ入力された手記のコピー版が千葉県松戸市の戸定(とじょう)歴史館に預けられた時点では「老婆のたわごと」と題されていたが、和子自身が考えた「みみずのたわごと」が新刊のタイトルとなった。山岸が本人に「なんで、みみずなの?」と尋ねると「地下でゴニョゴニョ言ってるからよ」と返答したという。そんなユーモアのある人柄が文章にもにじみ出ている。

 6歳の時に体験した関東大震災では「御邸に朝鮮人が逃げ込んだから探しに来た」と棒切れを持って押しかけてきた近所の人たちが、この時とばかりに邸内を見物して回り、あげくに大事なビスケット缶を「失敬」して行ったことに「本当に失礼な人だった」と振り返る回想から、当時の震災現場と人間の行動がリアルに伝わる。

 また、「美容院の今昔」という文では、前はオカッパで後ろは刈り上げるモダンガール風スタイル、銀座の美容院隣で食べるアイスクリームソーダ、女子学習院時代に「ささやかな抵抗」をした髪型、電熱で髪の毛を焼く戦時中の「電髪」といった「大正生まれ女子」のガールズトーク的なエピソードが楽しい。

 山岸は1968年、東京生まれ。主婦であり、クラシックコンサートの企画を続け、「徳川将軍珈琲」の宣伝大使を務める。慶喜も大のコーヒー好きだったという。当初は「おばあちゃまの回顧録」という認識だったが、「会津松平家と徳川慶喜家の歴史の一端として残すべきもの」という思いから慶喜家の歴史をつづり、手記の背景を解説した。

 目を見張るのは本書を彩る130点もの貴重な写真の数々。慶喜自身が明治時代に撮影した邸宅や庭園で遊ぶ息子や娘たちの姿、愛車、当時の東京風景などをはじめ、大正から昭和、平成にかけて慶喜をルーツとする家族の写真が続く。

 東京キララ社では2018年6月に慶喜の孫で当時95歳だった井手久美子(同年死去)の「徳川おてんば姫」を出版して以来の「慶喜家お姫さま本」。同社代表の中村保夫は「それまでに長女・高松宮妃喜久子殿下と次女・榊原喜佐子さんが出版をされていて、久美子さんで小石川第六天の慶喜邸で生まれた育った3姉妹の本が出揃ったと思っていましたが、実はもう1人お姫様がいたのです。和子さんは義理の3姉妹とも大変仲が良く、これで実質、4姉妹全員が本を出したことになります」と解説した。

 貴重な写真が掲載された経緯も聞いた。中村は「4代目当主・徳川慶朝さんが2017年9月にお亡くなりになり、慶喜家は断絶となりました。家を閉じるにあたり、今回、和子さんと共著となっている孫の山岸美喜さんが、慶朝さんの遺言により慶喜家の膨大な史料を松戸市戸定歴史館に寄託する責務を担っています。今回は美喜さんに伝わる家族のアルバムに加え、戸定歴史館にもご協力いただき、本邦初公開となる貴重な写真を掲載することができました」と説明した。

 中村は「コロナ禍で『家族』の在り方が問われている今、家督を継ぐ、代々続く家を守るといった千年単位で脈々と引き継がれてきた人間の営みを考え直す機会になればいいと思っています」と出版側の思いを吐露する。

 さらに、中村は「山岸さんからすると『家族の歴史』がそのまま『日本の歴史』であることが最も印象的でした。生まれをうらやむ人も多いでしょうが、その分、普通の家庭に生まれた人とは比較にならないほど厳しい教育を受け、責務を背負っています。立場は大きく違いますが、私も30年以上、長男として家の問題と向き合っています。徳川だからということではなく、皆さんも『家の歴史』に一度、向き合ってみたらいかがでしょうか」と呼びかけた。

(まいどなニュース/デイリースポーツ・北村 泰介)