<日野町事件再審決定>30年、父子で開いた扉

<日野町事件再審決定>30年、父子で開いた扉

 家族がつないだ30年来の思いが、再審の道を切り開いた−−。滋賀県日野町で1984年に女性(当時69歳)が失踪し、翌年遺体が見つかった「日野町事件」で、強盗殺人罪で無期懲役が確定し、75歳で亡くなった阪原弘(ひろむ)さんの再審開始を決定した、11日の大津地裁。88年に逮捕されてから無罪を主張し続けた阪原さんが、再審の道半ばで病に倒れる中、阪原さんの思いを引き継いだ長男弘次(こうじ)さん(57)は喜びの涙を拭った。

 ◇阪原さん長男「つらかった」

 「30年間、何度も心が折れそうになったり、くじけそうになったりしたが、皆さんに助けられ、やって来られた」。再審決定後、同地裁前に詰めかけた支援者を前に、弘次さんは深々と頭を下げた。阪原さんが起こした再審請求は、2006年に同地裁で棄却。即時抗告したが、11年の阪原さんの病死で手続きが終了し、弘次さんらが2回目の再審を12年に申し立てていた。

 阪原さんは88年3月11日の滋賀県警の取り調べで、犯行を「自白」したとされた。ただ、弘次さんはその日の夜、阪原さんが「父ちゃん、殴られても蹴られても耐えたんやけど『娘の嫁ぎ先に行って家の中をガタガタにしたろか』『家の周りを火の海にしたろか』と脅されて『やった』と言ってしまったんや」と涙ながらに話す姿を鮮明に覚えている。

 逮捕後、自宅には多い時で1日に何十回も嫌がらせの電話が掛かってきて、家族は引っ越しを余儀なくされた。親戚の集まりで「被害者の家に行って謝ってこい」と言われ、無実を信じて断ったこともあった。「父が逮捕されてからの30年間は本当につらかった」。弘次さんは振り返る。

 6月には阪原さんの墓前で「再審決定になるよう努力するから、力を貸してくれ」と手を合わせた。親子でつかんだ悲願の再審決定を近いうちに、今度は胸を張って報告するつもりだ。【小西雄介、成松秋穂】


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