<北海道地震>唯一の同僚ひつぎに 葬儀会社社長、最後に

<北海道地震>唯一の同僚ひつぎに 葬儀会社社長、最後に

 最大震度7を観測し、北海道内で最も多い36人が犠牲になった厚真町の遺体安置所で、地震直後から町民たちの変わり果てた姿と遺族らの悲しみに接してきた葬儀会社の社長がいる。笠原道徳さん(53)。人口約4600人の小さな町だから、犠牲者の多くは顔見知りだった。そして、地震発生から1週間の13日、唯一の同僚だった三上昭人さん(54)と三上さんの母とも子さん(79)をひつぎに納め、最後の仕事を終えた。【土江洋範】

 地震が起きた6日、厚真町から約20キロ離れた苫小牧市に住む笠原さんは、町から遺体安置所で町民の遺体をひつぎに納める仕事を頼まれた。社長を務める町唯一の葬儀会社「厚真公益社」は三上さんと2人で営む。しかし、町に住む三上さんにいくら電話してもつながらなかった。

 町役場に隣接する施設に設営された遺体安置所は、現実とは思えない光景が広がっていた。床には1人分ずつの灰色のシートが敷かれ、土砂崩れの現場から運び込まれてきた遺体が入った黒い袋が並べられていた。避難所の名簿には三上さんの名はない。悪い予感を振り払うために仕事に集中し、袋を開けていった。

 葬儀という「仕事」を通じて知り合った人々が冷たくなっていた。仏具や仏花を買ってくれたお年寄りたちもいた。シートで仕切られた遺体の身元を確認するスペースからは、家族の泣き叫ぶ声が響いた。

 淡い期待は翌7日に砕かれた。三上さんは黒い袋に入れられ、安置所に運ばれてきた。笠原さんは袋を開けることができず、安置所に駆けつけた三上さんの妹の前でも、あふれる涙と悲しみで言葉を交わせなかった。

 町で最後の安否不明者が10日に遺体で見つかり、安置所は閉鎖された。犠牲者36人のうち大半の納棺を続け1週間がすぎた13日、厚真公益社の事務所で、三上さんととも子さんの葬儀が営まれた。スーツを着込んだ笠原さんは、三上さんのひつぎを霊きゅう車に積み込んだ。

 15年間にわたって二人三脚でやってきた同僚は同い年だった。だから、社長と従業員という立場を超えた友人のような関係だった。笠原さんは火葬場へ向かう霊きゅう車に乗り込む前、手を合わせた。「生まれ変わっても、また一緒に仕事をしよう」と別れを告げた。


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