東京・霞が関に1974年まであった旧最高裁の大法廷に、彩色の大きな3枚の絵が飾られていた。題材は、聖徳太子。母に抱かれる幼少時、十七条憲法制定時、国内巡察時を描いた3部作で、裁判官に求められる「仁・智・勇」を示す。作者は、京都出身の日本画の巨匠・堂本印象(1891〜1975年)だ。

 堂本は戦前、太子建立の四天王寺に仏画を納めたが、戦災で焼失。以後、平和を祈るように太子を描いた。京都府立堂本印象美術館の学芸員、松尾敦子さんは「堂本は3部作を手がけた後、訪欧して具象画から抽象画に転換します」と語る。実際、堂本は帰国後の最晩年、現最高裁の大会議室に飾る抽象画も描く。太子3部作と、この抽象画は今も大切に保管されている。

 今や改憲論議の余裕もないが、ふと太子ゆかりの日本初の憲法をひもといてみる。第一条の著名な「和をもって貴しとなす」の一節に、原発事故や新型コロナによる人々の分断を憂える。第十条には「我必ずしも聖にあらず。彼必ずしも愚にあらず」とある。国民の誰もがそうあれば、不寛容な社会は生まれまい。【伊藤一郎】

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 ◇「威風堂々」と振り返る元裁判官

 堂本印象が旧最高裁に飾る絵の依頼を受けたのは1950年。「憲法の番人」との最高裁の別称もあり、題材に聖徳太子を選んだとされる。3部作のタイトルとサイズは(縦×横)「間人皇后御慈愛」(280センチ×295センチ)▽「聖徳太子憲法御制定」(同)▽「聖徳太子御巡国」(297センチ×228センチ)。今は最高裁の図書館に掲げられているが、3月27日現在、図書館は改修中だ。4月以降、図書館利用者は実物を見ることができる。

 新任裁判官時代、旧最高裁大法廷の壁にこの3部作が飾られているのを見たという元裁判官の今井俊介さん(80)=大阪市在住=は「威風堂々たる作品とその醸し出す雰囲気に感激・圧倒された。品格といい荘厳さといい、憲法判断という重責を担うこととなった最高裁大法廷を飾るのにこれに勝るものはなかった」と振り返る。

 ◇躍動感に満ちた抽象画「豊雲」

 現最高裁の大会議室に飾るために制作された抽象画は、「豊雲」(238センチ×1102センチ)と名付けられている。堂本が80歳だった1971年に依頼を受け、74年に完成させた。「最高裁といっても会議室だし、部屋の雰囲気を明るくしようと、色彩を豊かにした」「雲のような大きな心を――と仏心をこめて制作した」との言葉通り、墨も生かした豊かな彩りと躍動感に満ちた構図が特徴だ。同じく堂本がデザインした重厚な金属製の装飾額で封じ込められている。

 堂本が聖徳太子3部作を制作したアトリエは今も、京都市北区平野上柳町の「京都府立堂本印象美術館」敷地内に残っている。鮮やかな緑の壁に縦長の白い扉が取り付けられており、大作を搬出するために工夫された造りになっている。また、同美術館では創立50周年を迎えた2018年にリニューアルオープン記念展覧会が開かれ、目玉作品として「豊雲」が“里帰り”した。最晩年の傑作に、多くの来場者が酔いしれた。

 ◇美術館自体も作品

 同美術館は、堂本自身によって設立され、1966年に私立美術館として開館した。外観や内装は全て本人のデザインで、装飾にあふれた建物自体が大きな一つの作品となっている。堂本死後の91年に京都府に寄贈され、92年に京都府立の美術館となって今日に至る。館内には、堂本が残した名作の数々のほか、福井地方裁判所のために制作したステンドグラスのレプリカも展示されている。開館は午前9時半〜午後5時(入館は午後4時半まで)で、月曜休館(祝日の場合は翌火曜休館)。入館料は一般510円(20人以上の団体は400円)/高校・大学生400円(同320円)/小・中学生200円(同160円)。問い合わせは、同美術館(075・463・0007)。