<劉暁波氏死去1カ月>「毛沢東時代のよう」友人が危機感

<劉暁波氏死去1カ月>「毛沢東時代のよう」友人が危機感

 【北京・河津啓介、ベルリン中西啓介】先月13日に死去した中国の民主活動家でノーベル平和賞受賞者の劉暁波(りゅうぎょうは)氏と共に反体制作家として闘ってきたドイツ在住の中国人作家、廖亦武(りょうえきぶ)氏(59)が毎日新聞の取材に応じ、劉氏の生前の思い出を語り、死後も厳しさを増す中国の言論統制への危機感を訴えた。

 劉氏と初めて出会ったのは1985年、詩人仲間だった劉氏の妻・霞さんの北京の自宅だったという。「当時の劉氏は気鋭の学者で文芸評論家として大胆に発言し、尊大に思えることもあった」

 その4年後、「人生の分岐点」(廖氏)が訪れた。89年6月に多数の犠牲者を出した天安門事件。劉氏と廖氏は事件に関連して投獄された。「事件後、劉氏はずっと罪悪感を背負っていた。『犠牲者のために生きねば』と民主化に人生をささげ求道者のように生きることを選んだ」

 廖氏にとり劉氏は、笑い合い、言い争いもした友でもあった。記憶に残るのは96年夏、廖氏の地元、四川省成都でのハイキングだ。途中で「負けたら10元(165円)」と将棋を指し、3連続で負けた廖氏が走って逃げ出すと、劉氏が追いかけてきた。「金は払わないよ」「だったら裸になれ!」。なぜか2人で服を脱ぎ山中を騒いで駆け回った。

 その楽しい思い出は、苦い記憶とも結びついている。ハイキングの直後、霞さんから電話で劉氏が身柄拘束されたと聞いた。電話口で20分間続いた霞さんの泣き声を「昨日のように覚えている」。

 劉氏の死後、廖氏は劉氏から受け取った手紙を読み返した。「一人の殉難者が民族の魂を根底から変える」。劉氏は信じた道に殉じたが、現実は厳しいままだ。

 「中国社会は臨界点にある。新聞を読むと毛沢東時代に戻った気さえする」。それでも廖氏は決意を語った。「劉氏が願った社会まで道のりは長いが理想を掲げ、努力を続けなければ」

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