哲学者・岸見一郎さんによる「老い」と「死」から自由になる哲学入門として、『毎日が発見』本誌でお届けしている人気連載「老後に備えない生き方」。今回のテーマは「人はいつでも変われる」。人が変わることは難しいと思われがちですが、岸見さんは読者の悩みに対してどのように考察されたのでしょう――。

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やる気
読者からの相談を見てみよう。
「七十歳を過ぎて、片付け、行動が遅くなり、やる気が出ない時があります。怠け心が出たのかと思い、自分が嫌いになります。孫がくる時は頑張れるのですが」
歳を重ねると行動が遅くなることは避けられない。八十代後半の男性が階段を駆け上るのを見たことがあるが、その方よりもはるかに若い私はそんなことはできない。先にアドラーが「誰でも何でも成し遂げることができる」といっているのを見たが、若い時のようにいつも敏捷に動きたいと思っても、身体を思うように動かせなくなることはある。
他方、やる気というのは自分でコントロールできる。たしかに、すぐにしなければならない仕事があってもやる気が出ないことがある。しかし、やる気が出るのを待っていてもいつまでも出ない。やる気が出ない時は、やる気を出してはいけない理由があるのだ。
さらにいえば、やる気が出ないことを目下しなければならないことができない理由にしているのである。これは先に見た劣等コンプレックスである。自分が取り組まなければならないことに取り組めない理由として、やる気が出ないことを持ち出しているということだが、やる気が出ないといってみても仕方ないとは他の人に思ってもらえないだろうし、自分でもやる気が出ないのだからするべきことができなくても仕方がないとは思えないだろう。
反対に、やる気が出るのは、やる気を出すことが必要だという判断を自分でしているからである。孫に一緒に遊ぼうとせがまれて、やる気が出ず、おざなりな対応をすればたちまち孫に嫌われるので、嫌われないようにやる気を出しているのである。
このように見ると、やる気が自分を動かすのではなく、ある状況では、やる気を出すことが必要だと判断し、別の状況ではそうする必要がないと判断していることがわかる。
必要に応じてやる気を出せるのであれば、普段の生活の中でもやる気を出せば片付けも他のことも早くできるだろう。しかし、いつも必ず早く行動しなければならないわけではないし、早く行動しない自分を嫌いになる必要はない。
スローライフを楽しむ
「できないことが一つ一つと増えていきます。面倒になったり疲れたり。ガーデニングも自転車に乗ることもスローにしています。スローの楽しみ方を教えてください」
今こそ何事もゆっくり取り組むことを楽しめばいい。今の時代は人間の価値を生産性に見る。何かができることに価値があると考えられている。その上、早くやり遂げることがよしとされる。
いつか深圳で読書について講演をしたことがあった。私の前に講演した人はできるだけ多くの本を速く読む方法について話した。ビジネスで成功することを求めて集まっていた中国の若者はその人の話に熱心に耳を傾けていた。若者たちにとって、読書は知識と情報を得るためのものであり、何としても速読法を身につけたいと思っていたのだろう。
私は最初に「成功しなくていい。本は成功するために読むものではないから、速く読んでも意味がない。ゆっくりと読めばいい」、そんな話をした。本はゆっくり読まなければ味わうことはできない。ドイツ語では老年を楽しむという時の「楽しむ」も何かを食べたり、飲むこともgenießen(ゲニーセン)という。中国語の「享受」は味わう、楽しむという意味である。享受人生。本も食事も人生もゆっくり味わおう。
「」
定年についての本を書いたことがあった。その際、定年関係の本をたくさん読んだのだが、読書を勧める本はあまりなかった。中には、五十歳になったら知的な能力は伸びないので新しいことを学んでも意味がないと書いてある本があって驚いた。これは本当ではない。若い時よりも深く理解できるからだ。今や本を読んで何かを覚え、試験を受ける必要もないのだから、ゆっくり読めばいい。何よりも本の中の世界に没頭すれば、一日はたちまち過ぎる。友だちがいるかどうかは問題ではなくなる。
本を読めたらいいのですが、でも...「でも」というのはやめましょうよ。

岸見一郎(きしみ・いちろう)さん

1956年、京都府生まれ。哲学者。京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学(西洋哲学史専攻)。著書は『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』(古賀史健氏と共著、ダイヤモンド社)をはじめ、『幸福の条件 アドラーとギリシア哲学』(角川ソフィア文庫)など多数。