「歯の状態」が全身の健康状態を左右する? そんな歯の重要性を説くのが、歯科医師のほりうちけいすけさん。そこで、著書『歯の寿命を延ばせば健康寿命も延びる』(ワニブックス)から、体の健康維持につながる「歯を大事にするための知恵」を連載形式でお届けします。
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歯の寿命は遺伝と習慣で決まる
いきなり歯を考えるとイメージしにくいので、一軒の家を考えてみましょう。
家の寿命ってどのような要素がからんでいるでしょう。
専門家ではありませんので、素人目線でいっしょに見ていきましょう。
● まず、立地条件や材質による違いがありますね。
 ◎ 硬い岩盤に建っているのか、砂浜に建っているのか?
 ◎ 基礎の杭は長いのか、短いのか?太いのか、細いのか?
 ◎ 軸は鉄骨なのか、軽鉄なのか、木造なのか?
 ◎ 壁はカーボンなのか、コンクリートなのか、土塀なのか?
● 次に、手入れ程度の違いです
 ◎ 掃除やワックスの頻度は?
 ◎ すみずみまで、掃除しているのか、見えるところだけなのか?
● そして、使い方です
 ◎ 家の中で飛んだり跳ねたりしているのか、静かに丁寧に使っているのか?
これらの組み合わせで、その家の寿命が異なることがイメージできるでしょうか。
例えば、硬い岩盤に建っている基礎が長くて太い鉄骨の家で、壁は最新のカーボン、毎日きれいに掃除して、中では将棋やお茶・お花を行っている状況では、かなり長持ちするのは明らかですね。
逆に砂浜に建っている基礎が短くて細い木造の家で、壁は土塀、ほとんど掃除をせず、中ではキャッチボールやバスケットボールをやっている状況では、すぐに崩壊してしまうのも理解できるでしょう。
歯に置き換えると、前者は、顎の骨がしっかりしており、根っこ部分が長くて太く、歯質が硬いうえ、毎日きれいに清掃し、ゆっくり丁寧に食べ物を噛む、ということになります。
後者は、顎の骨が弱い、あるいはやせやすく、根っこ部分は短くて細く、歯質が軟らかいにもかかわらず、清掃状態不良で、歯を道具がわりに酷使したり、硬い食べ物を無遠慮に噛んだり、ということです。
ここに時間軸を考慮したものが、歯の寿命です。
両極端な2例を示しましたが、すべての人が、この間のどれかに相当します。
顎の骨の強度・根っこ部分の長さや太さ・歯質の硬さ・清掃程度・噛む力等の各要素についても、その強弱・程度は様々ですので、この組み合わせは無数になることがお分かりいただけるでしょう。
歯の寿命はこれらの要素の組み合わせに大きく影響されますので、100人いたら、100通りになります。
顎の骨がしっかりしており、根っこ部分が長くて太く、歯質が硬ければ、少々手入れが不十分でも70〜80歳くらいまでは維持できます。
ある年の、「高齢者いい歯のコンクール」で優勝した、80歳を超えた男性のインタビューです。
私「おめでとうございます。歯を残すためにどのようなことを心掛けましたか」
男「イヤ〜、特に何もしてません」
私「............」
しっかり噛むようにしてました、とか、歯磨きは毎日3回きちんとしてましたとか、定期的に健診を受けてましたとか......を期待していたのですが、きっと、先述した顎の骨・歯の根っこ・歯質等の条件が良かったのでしょう。
実際には、無意識ながらも、清掃状態や噛む力にも気を使っていたのかもしれませんけれども。
逆に顎の骨が弱い・根っこ部分が短い、歯質が軟らかい等の、どれかひとつでも不利な要素があれば、充分な手入れと噛む力のコントロールが必要になります。
すべての要素が不利であれば、30歳くらいまでしか維持できないでしょう。
定期的に歯科医院に清掃に来られて、家でも、かなりしっかり歯磨きをしている患者さんがいます。
しかし、顎の骨が弱く、歯質も軟らかいので、64歳ですが、すでに半数の歯を失っています。
もし、この患者さんのお口の清掃状態が悪ければ、恐らく今頃は1本の歯も残っていないでしょう。
もうお気づきでしょうか。
歯の寿命を決定する要素は大きく2つに分類されます。
自分でコントロールできないこと、と、できることの2つです。
コントロールできない
◆ 顎の骨の強度・やせやすさ
◆ 歯の根っこの長さ・太さ
◆ 歯質の硬さ
◆ 時間軸
コントロールできる
◇ 清掃状態
◇ 歯にかける力具合
厳密に言いますと、骨の強度については骨密度の低下を防ぐことにより、歯質の硬さは、フッ化物の使用で若干の改善をはかれますが、基本的には不可能だと思ってください。
また、歯にかける力に対しては、基本的に意識下ならばコントロール可能ですが、睡眠中の歯ぎしり等コントロールの難しいときもあります。
ナイトガードという睡眠中のマウスピースもありますが、寝ている間に無意識にはずしていることも多々あるようです。
コントロール不可能な前記の4つの要素で、みんなに平等に与えられているのは時間軸だけで、あとの3つは不平等に与えられているわけです。
ですから、他人とくらべることが無意味であることがお分かりいただけますか。
私どもは、患者さんの歯をできるだけ残したいのですが、みんな持っている条件が違うので、同じ努力をしても異なる結果が出てくることになるのです。
前述しましたが、国や日本歯科医師会が8020(はちまるにーまる)運動を始めておよそ30年が経過しました。
これは「80歳で20本の歯を残そう」というキャンペーンで、20本とは乳歯の総数であり、これだけ残っていたら入れ歯を使わなくても食事ができる、という本数です。
1993(平成5)年においては、80歳で20本の歯が残っている人の割合は10・6%でしたが、平成28年では51・2%と過半数を超え、23年間でおよそ5倍に増加しています。
これを目標に頑張っている患者さんも大勢いて、歯科予防の励みになっていますし、多くの歯が残って、満足な食生活を送ることができる高齢者が増えること自体は、とても喜ばしいことです。
しかし、顎の骨がやせやすく、根っこ部分が短く、歯質も軟らかい人々は、いくら努力をしても叶わないことなのです。
自己コントロールでは歯の喪失を防ぎきることのできないこの人達の気持ちを考えると、十把ひとからげに80歳で20本残そうというキャンペーンに対しても複雑な違和感をおぼえます。
あなたなりに最大限の努力をして、残せるものは残せるだけ残しましょう。
あのとき、こうしとけば良かった......、と後悔しないようにしてくださいね。
歯の寿命を決める要因にはコントロールできることと、できないことがありますので、他人とくらべることなく、自分ができる最大限の努力をしましょう。

089-H1-rakusuruhuku.jpg歯科医の常識から歯磨き法まで、5章にわたって「歯」の全てを網羅しています

ほりうちけいすけ

歯科医師・医学博士。1986年、広島大学歯学部卒業、奈良県立医科大学口腔外科研修医に。1988年、滋賀医科大学麻酔科研修。1990年、奈良県立医科大学病理学助手。1995年、歯科医院を開設する。2017年より一般社団法人奈良県歯科医師会理事に。公益社団法人日本歯科医師会歯科医療IT化検討委員会委員。