家族に仕事、人間関係など、人生にはさまざまな悩みがつきもの。精神科医として、70年近く働いてきた中村恒子さんの著書『うまいことやる習慣』(すばる舎)には、そんな悩みとの向き合い方や受け流し方のヒントが詰まっています。多くの人を勇気づけてきた言葉から厳選して、連載形式でお届けします。
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「こんなの自分の仕事ではない」と考える前に、まずはスッキリ受け入れてみる。そうしないと、人は前に進めない。
外来に来る患者さんと話していると、「今の会社では成長できない」とか「働く目標を見失った」と真剣に悩んでいる人がいますが、ちょっと難しく考えすぎやないかと思います。
なんというか、力が入りすぎてるんですわ。
仕事人生は、長〜く続いていくものです。
あんまり大きな期待や思い入れを持ちすぎていると、失望したりイラつく原因になります。
世間体とか地位とか名誉とか、いろんなものにガチガチに縛られて、人の目を気にして働いていたら、そら疲れてしまいます。
そんな無理を続けてたら、何十年も働く前に倒れてしまうかもしれません。
みんながみんな、しゃかりきになって働く必要はないんですわ。
与えられることに対して、構えることなくまずは受け入れること。
眉間にしわを寄せて「この仕事の意義は?」なんて難しいことを考えていると、誰も煙たがって仕事を頼んでくれなくなりますやろ?
若い人でも、長く勤めてきた人でも同じことです。
定年退職後に再就職した人でも、「この仕事は自分がするべき仕事だろうか?」って難しい顔して悩む人もいはるけど、あまり深刻に仕事をとらえすぎないほうが気楽やと思います。
昔から「大志を抱け」とよく言われるけど、あまり立派な志や高すぎる目標ばかり持ちすぎると、未来のことや成果にばかり気がとらわれてしまいます。
すると、目の前のことに打ち込めなかったり、迷いが生じてしまうんやないでしょうか。
ちょっと、目線を落としてみてもええんやないかな。
「自分はこんな仕事をすべき人間ではない」なんて、たいそうに考えるからおかしなことになってしまうんです。
余計な力を抜いて、「まあこれくらいやってやるか」「今はそういうときなんやな」と、変に力まず素直に受け入れてしまったほうがラクですわ。
そうすれば頼まれた仕事もハイハイと取り組めるようになるし、仕事を頼んだ人にも喜ばれる。
もっと気楽に働けるようになります。
で、受け入れたあとでやっぱりその状況がイヤなんであれば、そこから努力なり研鑽なりを積めばええんです。
一度は受け入れてみないと、先に進めないもんなんやと思います。
そもそもね、人間なんて70歳80歳にもなったら「勝ち」も「負け」もあったもんじゃありません。
肩書きや経歴なんてどうでもええ。身分に差なんてありゃしません。
自分も家族も健康で元気でいてくれたら、世間話ができる友だちがいてくれたら、それ以外は何も必要ないと思うんです。
反対に、たくさんお金をもうけてたとしても、身体を壊すほど働いて、自分も家族もボロボロだったらどうでしょう?
それこそ、不幸なことやと思います。
実際、お金は持っていても、心がいつも寂しい、「不安」や「孤独」やという人は世の中が思っているより多いもんです。
そうやって私のところに診察に来る人もたくさんいます。
戦争のあとは日本も上がり調子やったから、「こう生きることがあたりまえ」みたいな常識が多かったけど、今は違ってきてますやろ。
別に60歳で人生が終わるわけではありません。
そこからが長い人も多いでしょうからね。
必要以上に気を張らないで、「ちょっと目の前の人のお役に立てればいいかなあ」ぐらいの気持ちで仕事をしてみるのはどうでしょう。
ご飯が食べられて、そこそこの生活さえできたら上出来。
さらに、自分の仕事で目の前の人が喜んでくれたらもうけもんです。
そんな心持ちが、長い人生を送っていくには大切なんやないでしょうか。

105-H1-umaikoto.jpg「仕事」「人間関係」「生き方」などの6テーマから、キャリア70年を誇る精神科医が考え至った37のメッセージがつづられています

中村恒子(なかむら・つねこ)
1929年生まれ。精神科医。1945年6月、終戦の2カ月前に医師になるために広島県尾道市から1人で大阪へ。混乱の時代に精神科医となる。子育てを並行しながら勤務医として働き、2017年7月(88歳)まで週6日フルタイムで外来・病棟診療を続けた。「いつお迎えが来ても悔いなし」の心境にて生涯現役医師を貫く。

奥田弘美(おくだ・ひろみ)
1967年生まれ。精神科医・産業医。日本マインドフルネス普及協会代表理事。