<この体験記を書いた人>
ペンネーム:ウジさん
性別:男
年齢:58
プロフィール:両親(共に88歳)の住む実家を離れて暮らす公務員です。コロナ禍の影響で恒例の墓参り帰省もままなりません。
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コロナ騒ぎが起きてから、何かと思うに任せない生活です。
公務員という仕事柄、差し当たって仕事に関してはほぼ通常通りですが、プライベートな時間は全く以前とは変わってしまいました。
3月の彼岸には、墓参りがてら実家に帰省するのが恒例でした。
ただ今年は、高齢の父母(共に88歳)に感染させてしまうリスクが怖く、恒例行事をあきらめることにしました。
「申し訳ない、ゴールデンウィークにでも行くようにするよ」
「ああ、そうだね。楽しみにしてるよ」
まさかその時はこんな大ごとになるとは思っていませんでした。
「いやあ、参ったよ。まさか緊急事態宣言だなんてさ」
ゴールデンウィーク前には状況はさらに悪化、家を出ることさえ憚られる状況です。
「父さん、母さんもスマホぐらい使えるようにしたら? そしたらビデオ通話とかもできるのにさあ」
「いやあ、いまさら、ねえお父さん......」
「スマホだの、パソコンだの、いまさら面倒だ、声を聞けるだけでもうれしいよ」
アナログ電話が唯一の連絡手段の実家は、お互いの顔を見ることもできません。
「この分じゃ、しばらく帰省できないぞ」
「心配よねえ、お母さんたち」
妻(56歳)とそんな会話をしながら、こちらも軟禁状態の生活に辟易するばかりでした。
「んー、いい匂いがする」
ゴールデンウィークが過ぎた金曜日、仕事から戻ると台所から爽やかな香りが漂ってきます。
「あ、お帰り! 今夜はねえ、あなたの大好物のアジのみぞれ酢よ」
「え? そりゃすごい! よく作れたね」
アジのみぞれ酢は、さばいたアジを焼き、大根ときゅうりを合わせておろしたものを酢で合わせてかける、母の得意料理です。
実家に帰った時は必ず作ってくれる私のお気に入りの一品です。
「アジのさばきができないって言ってたのに......どうやって?」
「ふふ、実はね」
そう言って妻が差し出したスマホの画面に映っていたのは、まぎれもなく実家の母でした。
「あれ? 母さん、どうしたの? ビデオ通話ってことは、スマホ?」
彼岸もゴールデンウィークも帰省できず、この先もどうなるやらと心配になった母は、一念発起、ショップに出かけて簡単なスマホを購入したそうです。
あわせてビデオ通話の仕方をショップの方に教えてもらったというではありませんか。
「いやあもう、『あかうんと』が何だ、『たっぷ』がどうしたって、いまだにちんぷんかんぷんだけどね、何とかできるようになったんで、電話でゆう子さん(妻の名前)にお願いしてつないでもらったんだよ」
そう言って母が見せるメモには、ビデオ通話の手順がびっしりとメモしてありました。
「でまあ、話してるうちに盛り上がって、いい機会だからアジのさばき方を教えたってわけ」
「お義母さんの手元を見ながらだから何とか出来たの、やっぱり映像って便利だわ」
妻もうれしそうです。
「いただきます!」
ビデオ通話で母の顔を見ながら、妻の心づくしに箸をつけます。
「......うまい! 母さんの味だよ!」
「ほんと、よかった!」
「この騒ぎが収まったら、本家の味をふるまってあげるからねえ」
「ああ、早くそうなるといいなあ」
久々に食べるアジのみぞれ酢は、実家の温かさを十分に感じさせてくれました。