<この体験記を書いた人>
ペンネーム:fennel
性別:女
年齢:55
プロフィール:地方在住の専業主婦です。残りの人生、いかに生きるか模索中です。
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55歳の専業主婦です。
10年前、まだ実父が生きていた頃の出来事です。
当時74歳の父は畑いじりが趣味で、狭い土地ながらもいろいろな野菜を作っては、その過程や出来具合などをきちんとノートにつけて管理していました。
几帳面な性格だったので、ノートを後で読み返しては「来年はもっとこうした方がいいな」などと楽しんでいました。
また、お酒もタバコも好きなだけたしなみ、飲み過ぎては母に怒られていたようです。
母は日頃から父の健康を気遣い、料理の味付けは薄味にしていたそうです。
しかし、そんな母の気遣いも知ってか知らずか、濃い味付けが好きな父は何にでもしょう油やソースをたっぷりかけて食べていました。
タバコも吸いたい放題で、そんな父に対し母はわざと迷惑そうな顔をして、ふうふう言いながら手で煙を払うのが、父と母のいつもの姿です。
私はそんな両親の姿を見て苦笑いしていました。
とある真夏の暑い日、その日も父は畑に出て作業をしていました。
ランニングシャツを着ていたのですが、休憩で家に入った時、母が、父の体がやけに黄色味を帯びていることに気付いたのです。
確かにその頃の父は、毎日のように「今日は疲れたな、なんかだるいなぁ」と話すことが多く、少し元気がなかったように思います。
心配になった母は、かかりつけのお医者さんに診てもらうよう父に勧めました。
父も素直に従い病院に行くと、ほどなくして戻って来たので、不思議に思って尋ねると、すぐに総合病院に入院するように言われたとのこと。
驚きながらも慌てて準備をして、入院させました。
まずはとにかく検査ということで、父が検査を受けている間、私たち家族は主治医に呼ばれました。
この時点で「え、まさか⁉ そんな急に?」と嫌な予感がしていたのですが、その予感は的中し、末期がんと宣告されたのでした。
しかも余命が余りにも短くて、その時は大変なショックを受けたのを今でも覚えています。
わりと普段から冷静な私でさえそのショックは大きかったのですから、常に父の心配をしていた母にとってはどれほどの衝撃だったことでしょう。
ただただ呆然とするばかりでした。
主治医からは「本人に伝えるかどうかはご家族で決めてください」と言われました。
以前から、父は余命が宣告されるような病気になったら、残りの人生を計画的に過ごしたいから、必ず自分に教えて欲しいと希望していました。
「とても辛いけど、最後は父の思い通りにさせてあげるのが一番だから、告知しよう」
父の気持ちを知っていた私は迷わずみんなに提案しました。
しかし、父の気持ちを一番よく知っているはずの母が「告知は絶対しない」と反対したのです。
驚いて理由を聞くと
「だって末期がんなんて知ったら怖いだろうし、私だったら絶対に嫌だもの」
そう言うのです。
この期に及んで自分が嫌だから⁉
おそらく母もショックで、がんが怖くて、その時の自分の正直な気持ちをとっさに答えてしまったのだと思います。
ですが、私はあっけにとられてしまいました。
もちろん説得はしましたが、母は頑として譲らず、結局、本人には告知されることなく父は亡くなってしまいました。
今となっては、もしかしたら父は、全てお見通しだったのではないかなとも思うこともあります。
説明しづらいですが父の入院中の言葉の端々から、あきらめにも似た気持ちを感じてしまったのです。
それでも、自分が母の反対を押し切れなかったことに、父には今もなお申し訳ない気持ちでいっぱいです。
しかしそれ以上に、もしあの時告知をしていれば、一つぐらいは家族で何か思い出を作ることもできたのではないかと思うと、父の人生最後の計画を台無しにした母を、今でも許せないでいるんです。