「全従業員の物心両面の幸福を追求すると同時にスポーツが持つ可能性を様々なフィールドで発揮し、個人、法人、地域社会そして日本の発展に貢献すること」を経営理念とし、体育会学生の就職支援等を行っている株式会社スポーツフィールド。

今回は同社取締役CFOの永井淳平氏にお話を伺いました。

「歌うCFO」と称してSNSを更新。小学校から始めた歌が自身のルーツに

−今回、永井さんのTwitterを拝見して取材をお願いしたのですけど、アカウント名が「歌うCFO」となっていますよね。これはどういう背景があるのですか?

12歳の頃から歌を始めてですね。

元々バイオリンをやっていたのですけど、そっちはあまり好きじゃなくて歌ばかり歌っていたんですよ。そうしたら学校の先生が上手いねって褒めてくれて、歌の道を勧めてくれたんです。

その後に入った中学校がいわゆる合唱の名門校だったんですね。

全国大会で金賞を獲るような。そこでテノールのソリ(少数のソロパート)をやっていました。

−すごいですね。

合唱団とは別で、歌を習いに行ったりもしてました。全国大会等の実績もあり、高校は推薦で入りました。

−どちらの高校に行かれたんですか?

慶應義塾高等学校です。

ちょうど僕の代から、中学の内申点が一定以上である方で、全国レベルで何かしらの実績をおさめている人を取るような推薦入試が始まって。慶應義塾は元々志望校でもあったので、一般入試の前に新しい制度の方で受験してみたら受かったんです。ラッキーでした。

−すごいですね!大学では続けたのですか?

学生時代はプロのアーティストのバックコーラスとか、結婚式場でのウエディングシンガーなどをやってセミプロとして活動していました。今は完全に趣味になりましたけど。

「自分の力をテコにして事業を組み立てたい」と思い、進路を決めた

−すごく多才でいらっしゃいますね。大学は慶応義塾大学に進まれて、法学部に入られたのですね?

そうですね。ですが、恥ずかしながら学業はそこそこに、音楽ばかりやっていました。

−旅行もかなり行かれたとか。

はい、バックパッカーで。

本当に趣味に打ち込んだ大学生活だったのですけど、就職活動に差し掛かった際に、父が勤める会社が傾きました。そこで勤める社員や家族の人生に、生々しい影響があるものだなと思いました。

それがきっかけで、自分の力をテコにして会社の業績を向上・安定させられるような仕事が良いなと思い始めて、その気持ちのまま就職活動に入ったんです。

−時期としては、ちょうどリーマンショックがあった頃ですね。

はい。リーマンショック直撃世代でしたね。

−その気持ちを持って新卒で入られたのがSMBC。三井住友銀行ですね。

そうです。シンガーから銀行員になりました。

−業務内容はどういった内容だったのですか?

当時SMBCの新卒は全員営業店への配属となるのですが、希望を出して国際審査部に異動させてもらいました。

在日の外資系企業や海外プロジェクトファイナンス案件を対象にした審査と、銀行の資産ポートフォリオの分析・企画などを行いました。特に後者は、アジア全体にSMBCの貸し出し資産が大体8兆円ぐらいあったのですが、その8兆円をどういう業種、国、条件でポートフォリオを形成していくのが望ましいかとか、5年後10年後にその8兆円のポートフォリオをどう変えていくべきなのかっていうのを、リスク計量しながら考えていく企画で、とても面白い仕事に思えました。

めちゃめちゃ面白かったんですけど、でも先ほどの話(学生時代の就職観)に立ち返ると、自分の力で企業を良くすることに直接的につながってるのかが見えづらくてですね。

手触り感を持って企業の価値向上に努めたいと思い直して、転職を考えようかなと思ったんです。

−なるほど。SMBCには何年いらっしゃったのですか?

4年2ヶ月ぐらいですね。

僕がいた部署のヘッドオフィスがシンガポールにあるので、当時の上司は今はシンガポールにいらっしゃって、シンガポールを訪ねたらご馳走いただいたりして、今も良くしていただいています。退職後も良いお付き合いが出来ていて嬉しいです。

−いい関係性ですね。SMBCベンチャー会にも入られているとか。

上場した時もメールで報告しました。銀行辞めてからもう長いですけども。そうしたら「資産はSMBCに預けてください」と返事が来ましたよ(笑)

SMBCベンチャー会は現役やOBが300名ほど参加している会ですが、僕も幹事をしたり登壇したりして積極的に参加しています。

−SNS発信も積極的にされていますよね。

そうですね。会社の名前が認知されれば良いし、弊社がどういうことを目指しているかとかも知っていただきたいという気持ちで。

IRでも、まだ上場1年生なので、法的瑕疵のない固い開示をしていくことからまずは取り組んできました。

でも僕らが目指している方向性って、人財会社として伸びてくことよりもスポーツの会社として総合的に色々なスポーツの価値向上に関連するビジネスをやっていきたいということなんです。

そこの目指してる方向性や未来の姿を理解いただけた上で支援してくださるステークホルダーを作っていきたいなと。それは採用もそうだし、新規事業のためのアライアンスもそうですし。もちろん投資家もそうですね。そのためには現在発信できている情報と、本来発信したい事の情報ギャップみたいなものを少しでも埋める必要があるなと思っていて。

そういう意味で、Twitterは公開アカウントなので投資家の方々含め誰でも見られる状態にして、こういう人間が中で経営をしているんです、こういう想いや発想でやっているんですと僕が発信することで、その情報ギャップを少しでも減らせたら良いなと思っているんですよね。実名でやるのは勇気が要りますけどね。

初めて創業メンバー以外で取締役に就任、永井さんがスポーツフィールドにジョインするまで

−永井さんは、スポーツフィールドでは初の創業メンバー外の取締役なのですよね。どういう経緯でスポーツフィールドに入社することになったのですか?

コンサル会社で働いていたあと、スポーツフィールドに来る前は、数名で起業をしていたんですが、その時はCSO(Strategy)をしていました。

その会社でもシードラウンドの調達は複数回していたので、調達時のドキュメンテーションを書いたり交渉したりということを一通りしていて、CFOの業務に通じることもやってはいたんです。

そのうちに、知人の紹介から調達を手伝う業務委託という形でスポーツフィールドに関わるようになって、代表の篠﨑や専務の加地のカウンターパートナーとして手伝ったりいたんです。それが始まりですね。

−それで、そろそろ本格的にジョインしてくれないかとなったわけですね?

それがですね、ちょっと面白くて。僕が当社のことを好きな所以なんですけど。結局、その二人から「今の会社を辞めてスポーツフィールドに来てくれ」と言われたことは一度もなかったんですよ。

僕が勝手に考えたことなのですが、もしかしたら彼らも創業当時に色々と苦労された時期があったと思うんです。その時、もし創業メンバーが会社を抜けるということになったら結構辛い場面かなと想像してくれていた気がしていて。その気持ちを、他の会社の人に味わわせたくない、引き抜きのようなことはするまいと思っていたんじゃないかなと感じたんです。

深読みしすぎかもしれませんが、そういう人間性を、すごく粋に感じました。

−なるほど。自分の意志で来てくれるなら、ということだったのですね。

そうですね。そういう感じでした。なのでどちらかというと、その二人から来るの/来ないのと迫られたというよりは、外部の証券会社とか監査法人に「永井さんは結局CFOとしてフルコミするんですか?他の人探してくるんですか?」とかは言われていましたね。

それで、結局最終的には自分の意志で入社を決めて。入りたいと思っているんですが、採用してくれますかね?って伝えました。

−それは気持ちの良いやり取りですね。

そうなんですよ。そういう人たちだから、下について一緒に働きたいなって思えたんですよね。

−御社の事業は特化した業界を対象としていますが、入社を決める際、事業内容についてはどういうお考えを持たれていましたか?

スポーツフィールドの社名の由来が、スポーツの価値を向上させたいとかスポーツの可能性を様々な場所=フィールドで発揮したいという理念が元になっているのですが、その理念にめちゃめちゃ共感しまして。僕はスポーツをするのも好きですが、観るのがすごく好きで。人生の大変な場面では、いつもスポーツに勇気づけられて自分も頑張ろうと思ってきました。スポーツをするのが好きとか得意とかは、うちの社員達がすごい競技歴すぎてなかなか大きな声では言えないんですけどね(笑)

−やっぱりそうなんですね!

はい、もう大半が全国区の選手だったと思いますし、社内で運動会をやると“JAPAN”のユニフォームを着てくる社員もいます(笑)

なので自分がやってるとは言いづらいですが、観るのはめちゃめちゃ好きで社内でも詳しい方だと思うので、その好きなスポーツの価値や可能性をもっと高めたいなと思っていたんです。なので理念への共感は深かったですね。

−社員さんが体育会出身とか競技キャリアの高い方が多いと、何か明確な違いってあったりしますか?

定性的にはたくさんあげられると思うんですけどね。昔から言われている、気力体力の充実、礼儀正しさ、根性、勝利への意欲などの他、PDCAをしっかり回すことができるとか。

ただ、それを数字で説明・証明するというのが、弊社も含めて今どこも出来ていないなと思っていて。そういうスポーツの価値を数字で証明したいと思っているんですよね。

スポーツの価値を数字で証明出来れば、スポーツをやる人も、もっと増えるとも思いますしね。そうしたら日本のスポーツ界ももっと盛り上がって、もっと強くなって。スポーツをやる子供も増えて、日本中で世界中で、スポーツの価値がもっと認められる世界観が作れるなと。それを是非したいですね。

−目に見えないものを定量化するのが永井さんの得意なところだと、採用媒体にも書かれていましたものね。それもCFOらしいところですね。

そう言っていただけるとありがたいですが、CFOのFっぽいことがまだあまりやれていない気がするので、CFOとして自分が最適かどうかというのは常に考えていますけどね。

初めてのCFO。永井さんの思うCFOとは?

−CFOは、スポーツフィールドさんで初めてついた役職ですよね。

CFOと名前がつくのはそうですね。

−増資をするタイミングや上場するタイミング等は、永井さんに委ねられているんですか?

そうですね。最短で目指すという前提がありながらも、多くは任せてもらっていました。尊重してもらっていたと思いますね。代表があとから意見をひっくり返すということは全くなくて、やりやすかったです。

CFOという仕事に関しては、最近は何がほんとにCFOに求められる仕事なのかなということを常に考えていますね。CFOとは企業価値の向上をファイナンスの観点から図る人だと思っているんですけど。企業価値を向上させるというのは、単に株価を上げることではなく、本質的でないといけない。

ステークホルダー皆がワクワク出来るようなエクイティストーリーを描いて、そのストーリーに沿うリソースを集めてきて、形にしていくということかなと。

そうあるからこそ、代表と同等以上にしっかりと自分がエクイティストーリーを語れないといけないと思っているんですよね。そういう風に考えているので、基本未来の話をしていることが多いなと思います。

自分は脇は甘いので(笑)、しっかりと固めてくれる優秀なメンバーがいて、自分の考えるべきことを考えられているかなと思いますね。だからこそ、誰も経験者のいなかったIPOもほぼ計画通り行えたと思っています。

−今はもう、スポーツフィールドの理念=永井さんの理念にもなっているイメージですか?

そうですね。最初は一生懸命に経営理念や行動指針を繰り返し見て覚えて、それをお話してたと思うんですけど、今はもう会社の目指している方向とか、代表の目指してるものが僕の目指してるものと多分90%くらいは一緒になっていると思います。そう思えるようになったのは、ここ1年くらいかなと思います。

−今までお話を聞いてきて、その時々のキャリアを楽しまれているというか乗りこなして来ている印象を受けたのですが、今までに何か影響を受けた人や言葉はありますか?

新卒1年目の時に、上司に「逃げるな」と言われたことですかね。

逃げるなっていうのはかなり徹底的に言われましていました。銀行に入って1ヵ月目にわずかな期間営業をしていた時に、飛び込み営業とかして怒られたりクレームがあったりして逃げたくなったんですけど、そういう時に逃げるなってめちゃくちゃ言われましたね。

それが根付いて、その後コンサルティング会社にいた時も、起業したときも困難なことから逃げなかったような気がしているんです。

起業していた時は、あと1ヶ月位でキャッシュが底を尽きそうでエンジェル投資家が見つからなかったら潰れそうだということも起こって。まあそうなったら創業メンバー全員で消費者金融に行ってお金借りて来て、それで社員に給料払おうとか考えていた時もあって。そういう、いわゆるハードシングスみたいなことからも逃げずに、努めて明るく向き合って来れたのかなと思っています。それはもう新卒の時の上司のおかげですね。

逃げるなって一見月並みな言葉ですけど、言われた人やその時の自分の状況によって心への残り方がだいぶ変わって来ますよね。

−逃げるなという言葉が色々なタイミングで頭に降りてきて、結果逃げなくて今があるのですね。

そうですね。困難はけっこう楽しもうと思っているタイプです。

永井さんの今後の人生の目標は

−永井さん個人的に、これからの人生、仕事もプライベートも全部含めて目標にしていることはありますか?

就職した頃に思っていた「自分の力をテコにして事業を良くしたい」というのは、今でもブレていないですね。スポーツフィールドで今やっていることもズレてはいないと思っています。

結局自分たちがやってることって、素敵な可能性を秘めている体育会出身のスポーツ人材を社会に輩出すれば、行く先々で価値を発揮してくれて、ひいては日本が活性化するということだと思っているので、そこでCFOとして働く自分の力がテコになって事業、世の中を良くしていけるということに繋がりますよね。

ただ、CFOとしては実力不足も感じているんです。年齢的には比較的若いCFOだと思うのでまだまだ経験不足かなと。もちろん年齢がすべてじゃないとは思うのですが。

若くして上場できれば、その瞬間はある種名誉だと思うんですけど、その翌日から人生経験の不足がハンデになると思っているんですよね。周りには年長者で百戦錬磨・経験豊富なCFOがたくさんいるけれど、その中で相対的に自社の魅力を訴求して、資本市場から投資家のマネーを弊社に呼びこんで来ないといけないじゃないですか。

そこはCFOの手腕によるところが大きいと思うので、その市場で先輩CFOに負けないように自分を磨いていくべき。そこは一刻も早く成長しないといけないと思っていますね。

−確かに、上場した後はそういう風に見られた方が良い部分も状況によって切り替わるのですね。

はい。若いのに素晴らしいですねとか言ってもらえるのですけど、いやいやハンデですよと内心思っています。そういったことでCFOとしては先輩方よりたくさん劣っている部分があると思うんですけど、経営者としてこの会社でコミットしてやり切る覚悟という意味だと、先輩CFOにも決して負けないと思っていて。そう思ってやっています。

でも、そういったこと全てがモチベーションになりますし、良い意味で焦りも感じるので自分にとって必要な要素だと思っていますけどね。

キャリアを逆算するより、やり切った結果が答えになる

−最後に、永井さんからManegy読者に向けてアドバイスはありますか?

CFOって結果としてなるものであって、CFOになりたいと思ってキャリアを逆算するものでもない気がするんですよね。もちろん最低限の会計とかファイナンスの素養はあった方が良いと思いますが、僕は仕分けを1件1件自分で切っていないですし、決算書も自分一人で作れないです。そういう人間ですけど、僕は財務とか戦略、採用や広報の領域でも会社の企業価値を上げていると思っています。人によってやり方は違うと思いますけど、自分が今いる畑でどうやって自分の会社の企業価値を上げていくかという事を考えて、それを積み上げていけば結果的にCFOや経営をする側に到達すると思います。

極端な話、事業サイドにいる経営幹部とかでもCFOが務まると思うんですよね。

地頭があって会社の企業価値を上げられるような人だったら、多分CFOって誰でもなれると思います。会計や財務の知識は、別に専門家を連れて来て一緒にやってもらえばいいだけですし。

−過去にインタビューした方が「CFOは専門家とコミュニケーションを取りながら進めるプロジェクトマネージャーのようなものだ」と仰っていました。

その通りだと思います。僕も社外の専門家と日々コミュニケーションを取っていますが、めちゃくちゃ外部のプロフェッショナルに恵まれたなと思っています。

とにかく、どのステージにいるときでも自分のやるべき事を明確にして、それをやる。

そうすると次の課題が必ずやってくるはずなので、またそれに逃げずに向き合って成果を出すこと。そうしたら、いつの間にか自分の納得するキャリアにたどり着くんだと思います。

−とても柔和な笑顔で話してくださった永井さんですが、その笑顔の裏に逃げない根性や、数々のハードシングスを乗り越えてきた強さを感じました。ありがとうございました。



【プロフィール】
永井 淳平
株式会社スポーツフィールド 取締役CFO

慶應義塾大学法学部卒。
三井住友銀行で海外ポートフォリオ設計・管理及び非日系企業の定量・定性審査から、KurtSalmon US inc,(現Part of Accenture Strategy)にてマネジメントコンサルタントへ。そして「民泊ポリス」などを手掛ける株式会社Oscarを起業し、2017年1月にスポーツフィールドに入社。

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