近年、若いうちから金融の知識・リテラシーを高める動きが増えている。実際、2022年からは、高校の学習指導要領にも金融や資産形成の項目が取り入れられる。

経済学者であり、大阪大学准教授の安田洋祐氏も、若年層がどうお金の知識を身につけていくべきか、その方法を考えてきた一人。金融庁審議会の委員や、金融リテラシー研究会の座長などを務める中で、「かたい」「難しい」と敬遠されがちな金融分野の学びをどうすべきか、検討してきたという。

同氏が監修を務めたアプリ『かぶポン!』は、その考えを反映したサービスのひとつ。開発したFinatext、GMOクリック証券とともに、アプリの方向性、基本要素を決める段階から、アイデアを出していった。

では、安田氏が考える金融リテラシーの上げ方とはどんなものなのだろうか。その考えを聞いた。

大統領の支持率にも影響。なぜアメリカ人は投資に熱心?

『かぶポン!』の紹介記事で、「将来役に立つから」とお金の学びを勧めるのではなく、楽しくてやっているうちにいつの間にか知識がついている流れを作ることが重要という安田氏の意見を載せた。

その話に加えて、取材ではこんなことも話していた。

「金融リテラシーを高めると、投資に積極的になると考える人は多いと思います。しかし、必ずしもそうではありません。たとえば金融業界にいる人、知識が豊富な人を調べると、そこまで個人の投資額は多くない。これは金融リテラシー研究会で話し合われたことですが、つまりは、リテラシーを積み上げたところで実生活の行動に反映されるとは限らないと言えます」

若いうちから金融リテラシーを積み上げても、将来、投資などの行動につながるかは分からない。であれば、なおさら“役に立つから”という動機とは違うニュアンスで「学びを広めるのが重要」と安田氏は指摘する。

ちなみに、金融リテラシーを考える上で、よく日本と比較されるのがアメリカだ。アメリカは、個人投資家の人口が多いといわれるが、その差にも上述の話が関わっているかもしれない。

「アメリカ人が投資に積極的な理由はいくつかありますが、1つの要因として言えるのは、1960年〜1970年代に確定拠出年金が広まったことです。それまで、アメリカ企業の多くは、将来支払う額が決まっている確定給付型の年金を採用していました。しかし、この時期から、運用実績に応じた金額が支払われる拠出型へと変わりました」

その後、株価は上がっていき、多くの国民は恩恵を受けた。そしてこの『成功体験』により、国民は図らずも投資のメリットを実感。以降、多くのアメリカ人が投資やそれについての学びに積極的になった。

だからこそ、「アメリカ大統領は株価の推移に気を遣います。一般国民の多くが投資をしており、株価が下がるとアメリカ大統領の支持率も下がるからです」と安田氏は付け加える。

日本でも、近年、確定拠出年金を採用する企業は多くなっている。しかし、アメリカのような成功体験を国民に与えるまでには至っていない。これについては「日本の確定拠出年金の場合、口座開設した初期設定では運用資産が定期預金になっていることが多い。リスクが低い分、増えたことを実感する人も少ない」とのこと。「最初から高いリスクを取るのは難しい部分もありますが、ここで投資の成功体験を味わえれば、日本人の金融リテラシーや投資へのイメージは変わるかもしれない」と続ける。

投資体験やコロナ支援に「ポイント」の活用を

いずれにせよ、金融リテラシーを高めてから行動するのではなく、先に体験し、その中でリテラシーを高めたい欲求が湧く、この順序が大切だと安田氏は考える。アメリカの例、そして『かぶポン!』でこだわった、楽しさをフックに知識が後からついていく流れも同様だ。

同じ視点で、近年増えている「ポイント運用」のサービスもひとつの方法になるという。まずはポイントで投資を疑似体験し、それをきっかけに知識をつけていくと、同様の流れが生まれる。

何より、リアルマネーではないポイントだからこそ、投資に回しやすい。

「心理学や行動経済学で『ハウスマネー効果』といわれますが、宝くじなど、想定外に得られた“ハウスマネー”は、損を気にせず大胆に使える傾向にあります。ポイントもハウスマネーの一種で、投資体験の入り口には適していると思いますね」

さらに、取材ではこの話の延長として、コロナ禍で安田氏が考える「ポイント支援」のアイデアも話してくれた。

「休業中の店舗や、公演ができないアーティスト・団体が増えていますが、彼らを支援する方法として、ポイントは価値があると思います。ハウスマネーだからこそ支援しやすいですし、逆に貯まったポイントの使い道に困っている人も多い。一人一人のポイントは少額でも、集まればきっと大きな支援になるはずです」

最近は、キャッシュレス決済による最大5%のポイント還元事業もあるが、今の状況を踏まえて「5%のうち2%は個人に、3%は店舗に付与するといった支援も有効ではないか」と安田氏。あるいは、ユーザーが受け取るポイントの何%かを、あらかじめ医療機関や飲食店などに寄附する設定にする。そんな仕組みも提案する。

今回のような危機の中、私たちにできる経済支援は何か。それを考える上でも、一人一人が金融リテラシーを高めることは大切かもしれない。

知識が身につくことで、メディアに対する意見も変わる

何より、金融リテラシーの向上は「次の日本を支える企業や、世界を股にかける日本発の企業を生み出す」と安田氏は言う。

ここ30年で、世界における日本企業のポジションは大きく変わった。平成元年の世界企業における時価総額ランキングを見ると、日本企業はトップ5を独占。上位50社のうち、32社が名を連ねた。しかし、今の上位50社を見ると、日本企業はトヨタ自動車のみ。他の大企業はその位置を守れず、また、それに代わる新興企業も生まれなかった。

「今の状況を生んだ要因のひとつに、日本人の金融リテラシーの低さがあったかもしれません。つまり、この30年間、成長できなかった企業への評価が甘すぎた。加えて、次の大企業を生む機運を作れなかった。もしも人々が経済や企業成長について厳しい目を持っていれば、世論は変わり、次の大企業が生まれていたかもしれません」

また、金融リテラシーの高まりは、報道やメディアのあり方にも影響を与えるという。

「子どものうちから金融や経済に触れれば、自然と意識が高まり、報道に対しても確かな意見を持つ人が増えるでしょう。この30年の日本企業についても、実情を伝えるメディアが少ないことに疑問を感じたり、意見をしたりする人が多くなったのではないでしょうか」

世論が厳しくなり、また意識の高い国民が株主になることで、企業は成長のための経営をより強く目指す。そういったつながりを生むのかもしれない。

さらに安田氏は、日本人の「投資」に対するイメージにも意見を述べる。日本では、投資を投機やギャンブルと捉える人が少なくない。そのイメージを変えるのも金融リテラシーの向上であり、長い目で見ると、次なる大企業の誕生につながるという。

「新しいサービスを生み出し、世の中を変えるチャレンジをするためには、お金の流れが不可欠です。だからこそ、人々の投資が新しいビジネスを生み、成功した者が次の世界を支えるという、この仕組みを一体で理解する人が増えてほしい。それが、ベンチャー企業への資金やバックアップにつながり、次の大企業を生み出します」

「人々の金融リテラシーを高めることは、長い目で見て、日本の経済のあり方を効果的に変えていく」。安田氏が取材の最後に残した言葉は、重要な意味を持つのではないだろうか。
(取材・文/有井太郎)

※記事の内容は2020年6月現在の情報です