親の死後、葬儀費用や配偶者の生活費など、早い段階で一定の金銭が必要となるケースは多い。だがこれまで親が亡くなると、故人名義の口座は原則として凍結されて、当面の金策に苦慮することも多かった。

 2019年7月にスタートしたのが、「凍結口座預貯金の払い戻し制度」だ。

「この制度によって、ひとつの金融機関につき、預貯金額の3分の1に法定相続分をかけた額(上限150万円)を相続人が引き出せるようになりました。それまでは、相続人全員で合意した『遺産分割協議書』と、全員の署名捺印と印鑑証明を添えた書類を金融機関に提出する必要がありましたが、新ルールでは、被相続人の戸籍謄本や相続人であると証明する書類があれば、払い戻せるようになったのです」(夢相続代表取締役で相続実務士の曽根惠子氏)

 遺産分割協議が始まる前に当座をしのげる便利な制度だが、使い方によっては争いを招く。

「引き出すお金は、あくまで“仮払い”です」と、曽根氏が指摘する。

「引き出した相続人がお金をもらえるわけでなく、後に遺産分割協議で清算することになります。家族仲が悪い場合などに、『勝手に親の預金を使い込んだんじゃないか』との不信感が生じ、家族の関係がますますギスギスしたという話をすでに耳にしています。なので払い戻したお金を使った場合はきちんと領収書を保管して、使途を明確にしておきましょう」

 親が複数の口座に預貯金をしていた場合、ひとりの子が払い戻せる総額が多くなるケースがある。勝手に複数の口座から預貯金を引き出し、借金返済などに使ってしまうケースも想定できる。

「こうしたトラブルを避けるためにも、親の生前から預金口座や残高などの情報を、家族でできる限り共有しておくべきです」(前出・曽根氏)

相続放棄ができない

 加えて、相続放棄をする場合は注意が必要だ。

 親に「負の遺産」があると、相続人には「相続放棄」が選択肢となる。しかし、「遺産の仮払いをすると、必ず『単純承認』になります」と前出の曽根氏。

「親の死後に預貯金を引き出すと、その時点で“相続の意思がある”とみなされて、相続放棄ができません。この落とし穴は、まだ知られていないので注意が必要です」

 預貯金を引き出す際は、十分に考慮したい。

※週刊ポスト2020年9月18・25日号