内燃機関に変わる次世代車として期待されるプラグインハイブリッド(PHEV)機能を備えた量産燃料電池車(FCEV)をメルセデス・ベンツが世に送り出した。一見エンジン車のGLCと同じに見えるボディに秘められた可能性を探っていく。(Motor Magazine 2020年9月号より)

FCEVのPHEVとして世界初の量産モデル

メルセデス・ベンツGLC F−CELLは単なる燃料電池車(FCEV)ではない。FCEVとプラグインハイブリッド(PHEV)を掛け合わせた新しい形のエコカーだ。でも、なぜFCEVとPHEVを掛け合わせる必要があったのか?

電気自動車(BEV)に比べてエネルギー補給に必要な時間が短く、航続距離が長いとされるFCEVだが、実は効率が60%程度で、80%を超えることもあるBEVには及ばない。そこで外部電源で充電できるバッテリーを積んでBEVと同等の高効率も手に入れようと目論んだのがFCEVとPHEVを掛け合わせた最大の理由である。

ちなみにFCEVのPHEV(以下、FCEV/PHEV)は一般のPHEVと違ってエンジンは積まず、常にモーターを動力源として用いる。このためエンジンとモーターの両方を搭載する一般のPHEVに比べて部品点数が少なく、これが重量軽減、さらには効率の向上に結びつくというメリットがある。この点で、一般のPHEVとFCEV/PHEVはまったくの別物だといえる。

ちなみにGLC F−CELLは量産型FCEV/PHEVとして世界初の存在だが、フォルクスワーゲンとアウディは2014年にFCEV/PHEVのコンセプトカーを発表。このときは私も試乗するチャンスを得たが、両社はまだその量産化に至っていない。

GLC F−CELLのベースはSUVのGLC。外寸をGLC220dと比較すると、F−CELLが全長と全高で220dを10mmずつ凌ぐが、全幅やホイールベースは同一、車重は220dの1860㎏に対して2150㎏と発表されている。

GLC F−CELLは700気圧の水素を4.4㎏まで搭載可能。航続距離はWLTPで336㎞に達する。これとは別に13.5kWhhのバッテリーを備え、この電力で41㎞のEV走行も可能で、合算の航続距離は377㎞だ。ちなみにBEVのEQCは一充電で400㎞走できるので、現時点ではFCEVの優位性を生かせていないことになる。

実に静かで乗り心地も良い。使い勝手はGLCそのもの

では、日本の路上でGLC F−CELLを走らせてみよう。その乗り心地はソフトで滑らか。高速域ではもう少しフラット感を強調して欲しかったが、全般的な快適性は高い。また、常時モーター駆動のため静粛性は良好。これにあわせてロードノイズも巧みに封じ込められており、室内は実に静かだ。

動力性能にも不満を抱かなかった。モーター駆動ゆえに加速感は極めて滑らか。低速域では十分なトルクを生み出してくれるのでドライバビリティも優れている。ただし、高負荷時のパワー感はEQCに及ばない。これは2基のモーターを積むEQCの最高出が300kWなのに対し、リアに1基のみを搭載するGLC F−CELLが160kWに留まることによる。

とはいえ、GLC F−CELLに実用上の問題点はどこにもない。それどころかGLCと同じ優れた安全装備や使い勝手のいいMBUXを採用するなど、メルセデス・ベンツならではの魅力が揃っている。これで1050万円とはどう考えてもバーゲン価格。いや、開発費を考慮すれば間違いなく赤字だろう。

それでもメルセデス・ベンツがあえてこのタイミングでGLC F−CELLを発売したのは、FCEVの可能性を世に問うためだったに違いない。日本にはすでに130カ所の水素ステーションが存在するが、使い勝手の点でいえば既存のガソリンスタンドはおろか、充電ステーションに比べてもはるかに劣る。水素の供給にしても国の基本姿勢は輸入頼みで、水素時代の到来を前にしてエネルギーの自給率を高めようとする気概はまったくといっていいほど見られない。

しかし、社会情勢の変化を待っていてはFCEVの普及は覚束ない。だからこそ、メルセデス・ベンツは自腹を切ってFCEVの実用性を世に問うているのだ。私たちは国のエネルギー政策を含め、この問いかけに誠実に答えるべき時期を迎えているように思う。(文:大谷達也)

●■メルセデス・ベンツGLC F−CELL主要諸元

●全長×全幅×全高=4680×1890×1655mm
●ホイールベース=2875mm
●車両重量=2150kg
●モーター最高出力=200ps
●モーター最大トルク=350Nm●
駆動方式=RWD
●トランスミッション=1速固定式
●車両価格(税込)=1050万円