関西が誇る私鉄・阪急電鉄の神戸線・宝塚線・京都線が利用できる交通結節点ながら、一歩駅を出るとあまりのディープさに関西人でもちょっと驚く町・大阪市淀川区の十三(じゅうそう)。

 しかしながら、関西を代表するミニシアター「第七藝術劇場」(ナナゲイ)と「シアターセブン」を擁し、来阪した映画監督や俳優たちが集う店もある、映画好きには馴染み深い場所だ。

入るには多少の勇気が必要ですが、一歩入ればそこは解放区。松井寛子さんが大きなハートで受け入れてくれます(撮影:中山治美)

 そんな映画人の集まる店が、知る人ぞ知る関西在住の映画宣伝プロデューサー“カンコさん”こと、松井寛子さんが共同経営するサロン「風まかせ人まかせ」(大阪府大阪市淀川区十三本町2-3-20)。勇気を振り絞って店舗に一歩足を踏み入れると、そこは文化の解放区だった。

「居酒屋ちゃうねん、予約制のサロンやねん」

 阪急電鉄「十三」駅から、“しょんべん横丁”の愛称で知られる飲み屋街を抜けて徒歩約3分。個人経営の飲食店が立ち並ぶ通りの一角に「風まかせ人まかせ」はある。一見、フツーの居酒屋なので、「ちょっと一杯」と立ち寄りたくなるが、「この前も間違えて入ってきた人がおるんやけど、ウチ居酒屋ちゃうねん、予約制のサロンやねん」とカンコさん。

 カンコさんが十三に同店を構えたのは2014年のこと。その前は大阪市内の玉造(たまつくり)だった。『サード』(1978)や『四季・奈津子』(1980)、『ドキュメント’89 脱原発元年』(1989)などを手がけ、病に倒れた映画プロデューサー・前田勝弘さんと詩人・宗秋月さんの拠点を作るために場所を借り、1階を居酒屋パブ「風まかせ人まかせ」、2階を前田さんの住居兼仕事場にしていたという。

左/若松プロダクションから譲り受けたイラストレーター黒田征太郎の手書き『千年の愉楽』(2013)の限定ポスターと松井寛子さん 右/お店ゆかりの方々(前田勝弘プロデューサー、パントマイム芸人・マルセ太郎さん、民俗学者・沖浦和光さん、写真家・牧田清さん)との想い出コーナー(撮影:中山治美)

 しかし2003年に火災に見舞われて、前田さんが死去。「風まかせ人まかせ」も一時休業となった。そんな紆余曲折を経て、新たな出会いがあり、十三へと移転してきた。

 それもまた、1970年代から関西で原一男監督作や土本典昭監督作の自主上映活動を行い、崔洋一監督『月はどっちに出ている』(1993)から本格的に映画宣伝の仕事を始めたという、この業界の生き字引のカンコさんらしい経緯だ。

劇団「維新派」の美術スタッフによる内装

 「場所的に玉造は不便やったし“どこかええとこないかな? 中津か十三あたりええな”と思ってた時に、ナナゲイ(第七藝術劇場)で『選挙2』(2013)の舞台挨拶があって、想田和弘監督に付いて来てん。

 そういえば“十三でロケした小林聖太郎監督『かぞくのひけつ』(2007・宣伝を担当)の時にお世話になった不動産屋さんがあるわ”と思って相談へ行ったら“そら、十三が便利で安くてええやろ”と。で、ここの店を紹介してもらってん」

左/“ナナゲイ”の愛称で知られる関西を代表するミニシアター「第七藝術劇場」。市民出資型映画館で松井寛子さんも株主の一人 右/「第七藝術劇場」下階にある「シアターセブン」。映画上映のほかフォーラムも多数行われている(撮影:中山治美)

 細長い店舗とカウンターが名残を感じさせるとおり、元はスナック。その内装を、玉造時代からの精神を受け継ぐ溜まり場へと改装したのは、劇団「維新派」の美術スタッフだ。カウンターを切って、ライブも出来るスペースを確保。さらに大テーブルを設置し、グループにも対応する。

お店の顔とも言える大テーブルのボックス席で音楽業界関係者と談笑する松井寛子さん(撮影:中山治美)

 カンコさんが宣伝を担当したドキュメンタリー映画『プリズン・サークル』(2020)の坂上香監督や『主戦場』(2019)のミキ・デザキ監督が来阪キャンペーン後に立ち寄れば、若松プロダクション製作作品の常連俳優で旧知の井浦新や大西信満らが、ふらっと遊びに来てくれることもあるという。また、カンコさんを慕うマスコミ関係者も多い。

 ただ店舗内外に、さまざまなジャンルのポスターが貼られているように、来店客は映画関係者だけにとどまらない。ここで定期的に行われている会合だけでも「古代史妄想の会」、「風まかせ映画の会」、「閾値の会(別名・妙齢女子の会)」、そして毎月第3水曜日に開催される“浪速のうたう巨人”ことパギやんの「ライブ三水会」と多種多様。

気鋭アーティストの作品から文楽・豊竹呂太夫さんのポスターまで。客層の幅の広さがうかがえる店内のアートたち(撮影:中山治美)

 「古代なんて誰も実際に見たことないし、妄想の世界やん。それがおもろいねん。映画の会は毎回お題を決めて、それぞれ観に行ってから集まるんやけどボロクソの時もあるな。そやけど皆、映画が好きでよう見てはるから深い意見が多いで。最近やと『パラサイト 半地下の家族』(2020)は盛り上がったわ」

すべてシェフのお任せ! 健康的な酒の肴に舌鼓

 会合をさらに盛り上げる料理は、すべてシェフのお任せ。シェフは日替わりで6人いるそうで、取材に訪れた日は、園芸関係の仕事に携わっていたこともあるという萩原真理子さん。

呑兵衛たちの舌と健康を考慮したメニューに愛情を感じる料理担当・萩原真理子さん(撮影:中山治美)

 この日はしめ鯖に含め煮、豚の生姜焼きや蓮根と大根の煮付けなどが載った前菜プレート。さらに季節の天ぷらに舞茸ご飯と、野菜たっぷりで健康的ながら酒の肴にもぴったりの味付け。真理子さんは「主婦の料理ですけど」と謙遜するが、国産野菜にこだわっているそう。

真理子さんのおまかせ料理の前菜。ほかにも季節の天ぷらや炊き込みご飯も!(撮影:中山治美)

 まさに店名に偽りなしの「風まかせ人まかせ」のお店。それはカンコさんの人生をも表している。

 「映画の宣伝を本格的に始めたのも『月がどっちに出ている』(1993)のプロデューサーだった李鳳宇さんがナナゲイを立ち上げる際に“劇場スタッフになってよ”と誘われたのがきっかけ。“劇場はようやらんわ”と断り、ならば宣伝をということで始めたんやけど、以降は人との繋がりでここまで来たって感じやね。お店もそう。いろんな人が来てくれはるわ」

 ちなみに予約すれば誰でもウェルカムだそうで、「風まかせ映画の会」も参加可能。営業時間は火〜金曜の18時〜23時だが、予約があれば土・日・月曜も営業すると言う。

 「そやけどな、この店電話がないねん。1回、電話料金を払うのを忘れたら、いつの間にか繋がらなくなってた。お客さんに言われて気づいたわ(笑)。それからパギやんのライブは、“全宇宙で選ばれた”13人限定やからね」

 というわけで、ご予約は松井寛子さんのFacebookから。まったくもって、人まかせ、風まかせ。

風まかせ人まかせ
住所:大阪府大阪市淀川区十三本町2-3-20
Facebook:facebook.com/kankodekaze

文=中山治美