「“欅坂46”というグループ名だけが独り歩きして、ファンの方や世間の皆さんがどういうイメージを持ってくださっているのか、本当にわからなくなってしまった。メンバーの等身大の姿が伝わらないジレンマがありました」。
欅坂46のキャプテンである菅井友香は、インターネット上の憶測や心無い報道に胸を痛め続けた日々を、このように振り返る。

コロナ禍による延期を経て先日公開された『僕たちの嘘と真実 Documentary of 欅坂46』は、グループ初のドキュメンタリー映画だ。2015年の結成を起点に、現在は「日向坂46」として活動している「けやき坂46」の誕生、小林由依や渡辺梨加、渡邉理佐らが雑誌の専属モデル務めるなど個人での活動の幅を拡げるようになった時期、絶対的センターであった平手友梨奈らの脱退・卒業発表、そして改名を発表するまで激動の5年間を、ライブパフォーマンスの映像、メンバーやスタッフの証言などをもとに描き、これまで明かされることのなかったグループの“嘘と真実”を映しだす。
MOVIE WALKER PRESSでは、東京・渋谷の複合施設「渋谷ストリーム」で菅井の単独インタビューとフォトセッションを敢行。グループの歴史を振り返りながら、約5000字にわたって胸のうちを語ってもらった。

■「欅坂46は、立ち位置が前だから、後ろだからというグループではありませんでした」

乃木坂46につづく「坂道シリーズ」として秋元康プロデュースのもと、2015年8月に2万2509名の応募者のなかから選ばれた21名で活動を開始した欅坂46。2016年4月に「サイレントマジョリティー」で鮮烈なデビューを飾った彼女たちは、メッセージ性の強い楽曲とパフォーマンスで、群雄割拠のアイドル界に風穴を開けた。

渋谷の街並みを見下ろした菅井は、「とても懐かしいです」と声を弾ませる。YouTubeで約1億5000万回の再生回数を誇る「サイレントマジョリティー」のミュージックビデオ(MV)は、渋谷ストリーム建設中の工事現場で撮影されたものだ。

「『サイレントマジョリティー』は一番思い入れの強い楽曲です。私個人は乃木坂46さんの『制服のマネキン』、AKB48さんの『Beginner』などのかっこいい曲に憧れてきたので、『サイレントマジョリティー』をいただいた時は嬉しかったです。今回の映画で初ライブの映像を観て、初心を思い出しました」。

菅井は大学在学中に19歳でグループのオーディションに合格。デビュー後ほどなくしてキャプテンに任命される。控えめで穏やか、そんな言葉が似合う菅井は最初、アイドルグループへの加入に対し「怖い」というイメージも持っていたという。

「加入する前までは、アイドルグループはみんながセンターになりたくて戦っているような、ピリピリしているものだと思っていました。でも欅におけるセンターの意味合いは全く違っていて、楽曲を伝えるための立ち位置という側面が強かったので、想像していたアイドル像とは、個々人が努力する方向にも違いがあるように感じました。楽曲の心情や歌詞をまっすぐ表現することがセンターの役割としてまずあって、それぞれのメンバーも自分に与えられた場所で役割を果たす。それは立ち位置が前だから、後ろだからということではないので、曲を伝える“表現”という意味で良かった部分だと感じています」。

■「てちのパフォーマンスひとつひとつに、ドラマが見えた」

欅坂46を語るうえで欠かすことが出来ないのが、センターとして中心に立ちつづけた平手友梨奈の存在だ。“てち”の愛称で知られる彼女は、結成当時14歳とグループの最年少メンバーでありながら、圧倒的な存在感でカルチャーアイコンとも呼ぶべき地位へとのぼりつめる。
作中では、結成当時のまだあどけない表情から、重圧のなかで徐々に変化していく姿、そして今年1月の脱退発表までが鮮やかに描写されるとともに、メンバーそれぞれが「平手友梨奈」というカリスマ的存在について語っていく。

作中で「ファンの方と同じように、彼女のパフォーマンスが好き」と語っていた菅井は、自身が考える平手の魅力について「たくさんの努力を重ね、彼女自身ももがきながら、考えながらパフォーマンスに向き合っていくストイックさにあると思う」と明かす。
「シングル曲ではてちがセンターを務めることが当たり前になっていき、てちをイメージするような歌詞をいただくことが増えていくなかでも、誰かを真似しているのではなく、自分自身で表現を生みだすことができるところがすごいと思っていました。あまりこういうことを言っててちの負担になったら嫌なのですが、個人的にはパフォーマンスひとつひとつにドラマが見える気がして、すごく尊敬していたんです」。

シングル「世界には愛しかない」「二人セゾン」「不協和音」、1stアルバム「真っ白なものは汚したくなる」の発売、冠番組「欅って、書けない?」「全力!欅坂46バラエティー KEYABINGO!」の放送開始、連続ドラマ「徳山大五郎を誰が殺したか?」「残酷な観客達」にメンバー全員で主演、そして「第67回NHK紅白歌合戦」への初出演と、デビューからわずか1年ほどのうちに欅坂46はスターダムを駆け上がっていく。

順風満帆に見えた彼女たちに最初の試練が訪れるのは、作中でも大きく取り上げられる「欅坂46 全国ツアー2017 真っ白なものは汚したくなる」日本ガイシホール公演での事件だ。心身ともに疲弊した平手が当日に休演を発表し、ツアーはセンター不在のまま続行されることになる。菅井は、大きなプレッシャーと格闘する平手の心情に寄り添っていく。

「キャプテンとしてアドバイスをするというよりも個人として、グループの活動のことやライブの演出、てちがやってみたいことについては、『思うことがあったら言ってね』といつも声をかけていました」。

■「センターに立たせていただいて、てちの見ていた世界を初めて感じることができました」

2018年4月、武蔵野の森総合スポーツプラザにて開催された「欅坂46 2nd YEAR ANNIVERSARY LIVE」では、不在の平手に代わって、菅井が「不協和音」のセンターを務めた。「それまでもライブで『不協和音』を披露するたびに曲の持つ重みを強く感じていたのですが、まさか自分がセンターをやらせていただくなんて。とても責任を感じました」と当時を振り返る。

「実際にセンターに立たせていただくと、これまでとはまったく違う難しさがありました。みんなから殴られる振り付けの時には本当に心が苦しくなって、気持ちのコントロールが大変な曲なんだと初めて知ることができた。でも逆に、その曲のメッセージをまっすぐ伝えられる喜びも味わうことができて、てちの見ていた世界を少しでも感じることができた気がしました。より彼女の力になりたいと願うきっかけになったので、私にとって大きな出来事だったと思います」。

さらに菅井は、その際の長濱ねるとのエピソードも明かす。「『不協和音』のパフォーマンスのフォーメーションは、ねると私がてちを挟んでシンメトリーになる立ち位置だったので、それがきっかけで話すことが増えました。てちがお休みしている時も、『どうしたら力になれるかな』とか『そっとしておいてあげた方がいいのかな』と相談に乗ってくれたり。私がセンター代理に立つ時には一緒に居残り練習をしてくれて、振り付けのTAKAHIRO先生に一曲通しで見ていただく時に、ねるが涙を流して感動してくれたんです。それが励みになって、本番もがんばることができました」。

■「世間の皆さんが欅坂46にどういうイメージを持っているのか、わからなくなってしまった」

怪我や体調面での不安も重なり、グループでの活動を平手が欠席することが増えていったが、それと同時に週刊誌やネット上では、欅坂46についてネガティブな噂がささやかれるようになっていく。

「ファンの方や世間の皆さんがどういうイメージを持ってくださっているのか、当事者だからこそわからない部分も本当にたくさんあって。私が考える欅坂46の良さは、楽曲の強さとか反骨精神とか、そういう強いメッセージを歌やパフォーマンスで届ける一方で、メンバーみんなが等身大の女の子としての一面を持っているというギャップだと感じていました。だからそういう部分がもっと伝わってほしいと、強く思っていました」。

活動が思うようにいかないなか、2期生の加入で新体制となった2019年夏には、のちに発売見送りとなった幻の9thシングル「10月のプールに飛び込んだ」の制作が進められていく。先日、欅坂46のラストシングルとして発表された「誰がその鐘を鳴らすのか?」もこの時期に提供されていたのだという。

「ちょうど、『10月のプールに飛び込んだ』『砂塵』などの制作期間中にいただいた曲です。もちろんその頃はこの曲がラストシングルになるとは全く予想していなかったんですが、初めて聴いた時から大好きな曲でした。その後ラストシングル、センター不在の楽曲になったことで自分のなかで解釈が変わった部分もあって、曲をよりまっすぐに受け取れるようになりました」。

作中、「10月のプールに飛び込んだ」のMV撮影を平手が欠席し、後日スタッフからメンバーにシングルが発売見送りになったことを知らされる場面がある。初めてのシングル発売が延期になり落胆する2期生に、菅井はどのように接したのだろうか。

「彼女たちは欅をすごく好きで入ってきてくれた子ばかりなので、てちと一緒に作品を作りたかっただろうなと思います。MV撮影の時も、2期生の子たちがてちのポジションを埋めてくれてたりしたのですが、それが発表されなくなってしまうことはどんなに悔しかったことだろうと。2期生の子たちには『(MVでの)パフォーマンス好きだったよ』とか『ありがとう』という気持ちを伝えました」。

■「脱退すると聞いた時は、『頑張ってくれてありがとう』という思いでいっぱいでした」

2019年9月18〜19日には、「欅坂46 夏の全国アリーナツアー2019」の追加公演として初の東京ドーム公演を敢行。ツアーを欠席していた平手も全編に出演し、それまでの欅坂46の集大成ともいえるパフォーマンスで観客を魅了した。しかしその後、平手とともに年末の音楽特番の準備を進めていくうち、菅井のなかである予感が積み重なっていった。

「歌番組の出演を重ねていくうちに、『てちとは、これが最後になるんだろうな』という予感が、徐々に確信に変わっていきました。なので、最後のパフォーマンスになった『第70回紅白歌合戦』の時は、最終確認のような感じでした」。

その言葉の通り、この出演を最後に今年1月、平手友梨奈はグループからの脱退を発表した。

「紅白の出番が終わったあと、本当にこれが最後なんだと直接聞いて、その時はもう引き止めるというより『これまでずっと頑張ってくれてありがとう。おつかれさま』という思いでいっぱいで。ただただ感謝を伝えました。てちからも『ありがとう』と労いの言葉をかけてもらえて、ちゃんと話せてうれしかったです」。

■「映画として残していただけたことで、無我夢中だったあの頃を思い出しました」

当初今年4月に公開される予定だった本作は、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で公開が延期に。そのため作中の終盤では4月以降の活動についても追加撮影が行われている。そのなかでもっとも重要な一幕は、7月16日に開催された配信ライブ「KEYAKIZAKA46 Live Online, but with YOU!」での活動休止、改名発表だ。菅井はキャプテンとして4分半のスピーチを行い、「この2年は出口の見えないトンネルを彷徨っていたような状態でした」「耳をふさぎたくなるようなことに悩まされた日もありました」など、率直な言葉で決断に至る心情を吐露した。

作中ではそのスピーチについて「心が軽くなった」と振り返っていた菅井だが、葛藤や悔しさも含め、5年間の歴史を凝縮した映画を観て感じたことはどんなものだったのだろうか。

「私たちの必死に駆け抜けた日々を、こうして映画として残していただけるということがすごくありがたいですし、それが映画館のスクリーンで上映されるというのはすごく不思議な気持ちです。自分でも『こんなことあったかな?』と懐かしく思える出来事がたくさん記録されていて、無我夢中だったあの頃を思い出すことができました」。

「特に1年目は、なにをどうすればいいかわからないことが多くて、あまりにも弱い自分に喝を入れたくなるような瞬間もありました。でもそういう時があったから、ひとりひとりが頼もしく、強い気持ちを持てるようになったんだなと映画を観ながら感じていました。卒業したメンバーとはまだこの映画について話していないのですが、彼女たちがどう感じてくれるのかも、とても気になります」。

■「ひとりひとりが夢を持てる、人間性という意味でも強いグループになりたい」

菅井はスピーチのなかで、今後新しいグループとして動きだすにあたって、「培った経験を信じて、新たに強いグループになることを約束いたします」とも述べている。最後に、菅井に今後目指していきたい“強い”グループ像について尋ねた。

「いま改めて過去の自分たちを振り返ってみると、すごく脆い部分があったんだなと思いました。ひとりひとりがもっと力を付け、グループだけではなく個人でも夢を持てる、人間性という意味でも強いグループになりたいです」と、はっきり答える。

「私はグループのなかでも年長ですし、キャプテンとしての経験もさせていただきました。その経験を後輩に伝えていけるように頑張っていきたいし、メンバーをサポートできる存在になりたい。私自身も今年25歳になるので、“菅井友香”としても、もっと存在感を発揮できるように。私を見て元気になってもらえるような人になっていきたいです」と話し、まっすぐに前を向いた。

取材・文/久保田 和馬