岡村隆史、いまだから話せる『決算!忠臣蔵』裏話や、恩師の井筒和幸、高倉健への感謝

岡村隆史、いまだから話せる『決算!忠臣蔵』裏話や、恩師の井筒和幸、高倉健への感謝

時代を超えて語り継がれてきた“日本の魂”とも言うべき歴史的討ち入り事件「忠臣蔵」を、これまでになかった“予算問題”という切口で見せた痛快時代劇『決算!忠臣蔵』(11月22日公開)。本作で、堤真一演じる主人公、大石内蔵助とタッグを組む貧乏なそろばん侍、矢頭長助役を好演したのが、芸人でありながら、俳優としても円熟期に入った岡村隆史だ。そんな岡村を直撃し、本作の撮影秘話と共に、これまで歩んできた俳優人生を、恩師ともいえる井筒和幸監督や、高倉健との秘話を交えて語ってもらった。

赤穂藩藩主である浅野内匠頭(阿部サダヲ)が、賄賂まみれの吉良上野介に対して刃傷に及んだ一件に、幕府が下したのは赤穂藩のお取り潰しと、内匠頭の即日切腹だった。赤穂浪人たち47人は、主君の敵討ちを望むが、それには莫大な軍資金が必要らしい。そこで、筆頭家老の大石内蔵助と矢頭長助は、かき集めた800両(約9500万円)を上限予算にすえて、2人で必死に討ち入り資金のやりくりをしていく。メガホンをとったのは『殿、利息でござる!』(16)の中村義洋監督で、赤穂浪士たちが関西弁を話すという点も斬新だ。

■ 「いまでもそろばんを見ると、当時の嫌な気持ちが蘇ります」

岡村は本作のオファーを受けた時、「忠臣蔵」の話だと聞いただけで「やります!」と即答したそうだ。「なんの役かもわからなかったけど、絶対にやりたいと思いました。そのあと、主演が堤真一さんだと聞いたんです。堤さんとは『土竜の唄 潜入捜査官 REIJI』でご一緒していて、怖い人じゃないとわかっていたのも良かったです。ただ、徐々に内容がわかってきて、『勘定方ってなに?』『そろばん使うの?先に言ってよ』となりました(苦笑)」。

岡村には、そろばんにまつわる苦い思い出があった。「小学校の時、そろばん塾に通ってましたが、僕はそろばんが大嫌いでした。母親から『5段切り替えの自転車を買ってやる代わりに、そろばん塾へ行け』と言われたんです。そこは隣町だったから友だちもいなくて、塾に行ったふりをして、駅前のゲームセンターでサボっていました。そしたら、そこに母親が乗り込んできて『そろばん塾はやめさす!』と言われ、心のなかで『やったー!』と思ったら、『習いごとなんてせんでええ』と、大好きだった体操教室までやめさせられました。いまでもそろばんを見ると、当時の嫌な気持ちが蘇ります」。

藩内で倹約を徹底させていく長助だが、岡村も無駄遣いはしないほうだと言う。「吉本興業の養成所に入る前に、コンビニのバイトで50万円を貯めました。深夜のバイトでしたが、『夏はお酒を、冬は肉まんとおでんは絶対に切らせるな』と言われて、めちゃくちゃ忙しかったです。貯金が増えていくのは楽しいけど、貯まったら貯まったで、なかなか使えなくて。ただ、高校でパチンコを覚えてしまったので、要所要所ではやらかしてます(笑)。でも、その経験はきちんと活かされていて、いまの僕はまったくゲームをしないし、パチンコも大阪で1円パチンコしかしません。『金持ってるやろ!』と言われますが、やるなら1円パチンコと決めています」。

そんな岡村にぴったりの長助役だが、内蔵助役の堤とのテンポのいいやりとりが最高に愉快だ。本作では、岡村を筆頭に、木村祐一や村上ショージ、西川きよしなど、吉本の芸人たちもたくさん出演しているが、場の士気を上げてくれる堤の座長ぶりに惚れ惚れしたそうだ。

「現場で中村監督がいろいろな指示を出されるのですが、堤さんは、俳優業が本職ではない僕たちに対しても、テスト撮影からガーッと本気で来てくれて、僕たちの気持ちを盛り立ててくれるんです。そういうふうに周りの雰囲気をぎゅっと固めてくれることで、僕たちも『ここは、気を引き締めてやらなあかん』と思えました」。

テーマが「忠臣蔵」のため、当然ながら、現場は男所帯だったが、撮影後のアフター飲みも含めて、岡村は楽しんだようだ。「たまに竹内結子さんなんかが現場に入ってくると、僕は“仕事を頑張ってる感”を出そうと、なんだかカッコつけてしまうんですが、男同士だとそういうことは一切なくて。撮影が終わったあとも飲みにも行きましたが、役者の方が集まると、演技論や芝居論などを言い合うのかと思っていたら、全然そんなこともなくて。男ばかりだからNGの話は一切なしで、めちゃくちゃおもしろかったです」。

そのチームワークの良さは、赤穂浪士たちの結託感として作品に反映されていることは、映画を観れば一目瞭然である。

■ 「最初は正直、映画には出たくなかったです」

いまや、お笑いコンビ、ナインティナインとしての人気は不動だが、役者としても安泰な印象を受ける岡村。本作では堤とのW主演を務め、絶妙な存在感でまたお株を上げそうな予感。さらに2020年のNHK大河ドラマ「麒麟がくる」でも、オリジナルキャラクターの菊丸役で、主演の長谷川博己とがっつり組むことになる予定だ。

岡村に、俳優としてのスポットが当たったのは、井筒和幸監督による主演映画『岸和田少年愚連隊』(96)だろう。相方の矢部浩之と共に演じた、喧嘩ばかりを繰り返すやんちゃな悪ガキ役は、まさに当たり役だったが、岡村は「正直、当時は映画に出たくなかったです。僕は芸人やし、映画なんてなんの足しにもならへんと思っていたから。本当になにも考えてなかったし、台本も自分のところしか読んでいかなかったです」と、しぶしぶ出演したことを告白。

「僕らは俳優じゃなかったので、井筒監督から『ちゃんと前もって稽古をしたい』とお願いされましたが『嫌です。僕らはプロだから、現場に行ったらちゃんとやりますから』と言いました。当時、26歳の若僧がですよ(苦笑)。おそらく井筒監督は、はらわたが煮えくりかえっていたと思いますが、なにも言われなかったです。ただ、他の方は、現場でめちゃくちゃ怒られていました。いま思えば、それが井筒監督のやり方やったんです。すなわち、僕ら以外の人を怒ることで、自分の熱意を僕らに示していたんかなと」。

ナインティナインが1992年に第13回ABCお笑い新人グランプリ最優秀新人賞を受賞し、すでにお笑い芸人として売れっ子になっていた岡村は、東京とロケ地の岸和田までを、深夜のタクシーで往復するという過酷なスケジュールをこなしていた。

「しんどかったけど、大阪でのロケがすごく楽しくて。夜に撮影が終わってから、(大阪の)ミナミへ移動し、地元の仲間と朝までお酒を飲んだあと、二日酔いのまま現場に入ったこともありました。歩道橋のシーンでは、吐きそうになったことも覚えています。台詞も覚えてなかったですが、なんとかいけるもんやなと」。

しかし、実はすべてが井筒監督にとっては想定内だったことを、あとから聞かされたと言う岡村。むしろ、監督の狙いどおりだったのだ。「全部終わったあとで、井筒監督から『お前ら、毎回酒臭いまま来てたよな』と苦笑いされたので、その時は『すいません』と謝りました。台詞を覚えてなかったことについても、監督に『ちゃらんぽらんで、なにも考えてなかったことが逆に良かったんや』と言われたんです。台詞は言いやすいように変えていいと最初に言われていたので、逆に自分の言葉で好きなように言っていて、それが自然に見えたらしいです」。

結果的にこの現場で、岡村は初めて役者として開眼することになる。「やっていくうちにおもろいなと思いはじめて、途中からだんだん井筒監督と話すようになっていきました。次第に『なんで俺は、監督にあんな態度をとってしもたんやろ』と後悔していき、終わるころには『本当に申し訳なかったです。すべてやりなおしたいくらいです』と平謝りしました。そして、映画をもうちょっとやりたい!と思ったんです。井筒さんの監督作には、その後もちょこっと呼ばれたりもしていますが、あの現場があったからいまがあるので、本当に感謝しています」。

■ 「僕がド滑りした時、高倉健さんに救われました」

映画の醍醐味を知った岡村は、1999年に香港映画『無問題』で単独初主演を果たし、第23回日本アカデミー賞の話題賞を受賞。その授賞式で、岡村はとてつもなく大きなプレゼントを受け取ることになる。日本映画界の巨星、高倉健との出会いだ。高倉は、最優秀主演男優賞を受賞した『鉄道員 ぽっぽや』(99)で登壇していたが、同作は最優秀作品賞をはじめとする賞を総なめにしていた。

「『鉄道員 ぽっぽや』の役者さんやスタッフが、次々とステージに上がっていくなかで、話題賞の僕が出ていくんですが、まさに場違いな感じでした。司会の方が『岡村さんは、どんな俳優さんになりたいですか?』というめちゃくちゃいいふりをしてくれたので、ここは笑いをとろうと『高倉健さんみたいな俳優さんになりたいです』と言ったんです。その瞬間、僕は大スベリしたことに気づきました。皆から『こいつ“高倉健”と言いよったな。健さんをいじったな!』と思われたようで、空気がざわついたんです。自分もえらいことをしてしまったと青ざめました」。

そんななか、助け舟を出したのは、懐が深いことで知られる高倉だった。「健さんが立って拍手をしてくれたんです。この若僧のボケにのってくれて、僕は健さんに救われたなと思いました。また、記念撮影のあとで健さんが僕のところへ来てくれて『テレビ観てますよ。本当に42.195km走ったんですか?』と言ってくれたんです。当時、フジテレビの番組(「めちゃ×2イケてるッ!」)で、5kmだけ走ってゴールするところを、間違えて42.195kmを走り切るという内容で年末に放送していて、それを健さんが観てくれていたんです。緊張して『走りました』と答えたら『そうですか。いつかお仕事、ご一緒しましょうね』と言ってくれました。その時は感激のあまり、お顔を見ることもできず『はい』とだけ答えましたが、あの時間は僕だけの宝物です」。

■ 「高倉健さんから、仕事の姿勢を教えてもらいました」

その後、『鉄道員 ぽっぽや』の降旗康男監督作『あなたへ』(12)で、高倉と念願の共演を果たせた岡村。当時はことあるごとに「夢が叶いました」と言っていたという。「健さんは現場で絶対に座らないということで、僕もそうしてみたら、みんなに笑われました」とおちゃめに笑う。

そして、高倉と出会ってから、より真摯な姿勢で現場に入るようになったそうだ。その後も、俳優としてのキャリアは順風満帆だったが、あくまでも軸としているのは、本業である芸人の仕事だ。「お笑いの仕事があるから、役者のオファーもいただけるわけです。だからこそ、映画に出演させてもらう時は、下手くそなりに、一生懸命やろうという気持ちで臨んでいます」。

そして、改めて高倉に心から感謝する。「映画に携わっていなかったら、お会いすることすらできなかった人です。しかも、僕みたいなチンピラ芸人に、健さんから声をかけてくれたなんて信じられません。手紙をもらったり、電話でおしゃべりしたりできたのも嘘みたいです。健さんからは、仕事ではこうあるべきだという姿勢を教えてもらいました。でも、健さんから『その内容は言うな』と言われてまして。『男はべらべらしゃべらなくていい』とのことだったので、それは自分の胸の内だけで、大事にとっておこうと思います」。

いまは亡き名優、高倉はきっと、『決算!忠臣蔵』をはじめ、岡村の活躍を天から見守ってくれているに違いない。そして岡村は、今後も謙虚な姿勢で、映画に取り組んでいくことだろう。(Movie Walker・取材・文/山崎 伸子)


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