お笑い芸人で芥川賞作家、又吉直樹の同名恋愛小説を、山崎賢人主演で映画化した『劇場』(4月17日公開)。メガホンをとったのは、『世界の中心で、愛をさけぶ』(04)や『ナラタージュ』(17)の行定勲監督。今回も原作小説の“核”を大事にしつつも、映画にしかできないアプローチを取り、珠玉のラブストーリーに着地させた。昨年の7月某日、本作の撮影にエキストラとして参加させてもらったので、その模様をお届け。

山崎が演じるのは、劇作家としての成功を夢見る不器用な青年、永田役。彼は、友人と2人で立ち上げた劇団「おろか」の脚本家兼演出家で、前衛的な演劇を突きつめようとするが、理想と現実のはざまで日々もがいている。そんな永田に心から尽くし、葛藤しながらも、長年寄り添っていく恋人、沙希役に松岡茉優が扮する。本作では、夢を追う者の栄光と挫折、人を愛することの喜びと背中合わせの苦悩や孤独感を、7年という月日を通して、グラデーション豊かに描いていく。

この日、ロケが敢行されたのは都内のダイニングバー。永田が、「おろか」の元劇団員である青山(伊藤沙莉)に誘われ、業界人が集まる飲み会に参加するというシーンだ。山崎は無精髭にボサボサヘアで、やさぐれたような雰囲気がなんとも新鮮だった。

青山は劇作家として鳴かず飛ばずの永田を心配し、フリーライターの仕事につながりそうな飲み会に彼を誘ったのだ。ところがその店で永田は、ドヤ顔で自慢めいた話をしてくる批評家(三浦誠己)に媚びるどころか、生意気な態度を取ったため、隣にいた青山に足を蹴られて注意される。

■ 「“又吉直樹”の名前がなければ、絶対に通らない企画でした」

山崎と伊藤が座るテーブルの近くに、エキストラとして、座ったのは、私のようなライターをはじめ、編集者、映画評論家たちだ。行定監督から「自由に声を出して、言いたいことを言ってもらって大丈夫です」とリクエストされたので、私のいたテーブルでは、各自が映画業界でのホットな話題を持ちだし楽しく談笑していく。気がつけば、このフリートークは大いに盛り上がっていった。

撮影終了後に囲みのインタビューが行われ、行定監督の口から本作に懸けた想いを聞くことができた。まず監督は、我々が今回、エキストラとして呼ばれた理由についてこう語った。

「こういう文化的な仕事、業界に携わっている人は、顔つきが違うと思っています。今日撮影したのは、山崎賢人演じる主人公の永田が、自分は劇作家なのに、気が進まないけど“そういう系の仕事”もしなければいけないという屈辱を感じるというシーンでした。永田がちょっと浮いている存在となるには、本物の演劇関係者やライター、批評家たちが、好き勝手楽しそうに、毒っ気のあるしゃべり方をしているという画が一番いいと思ったんです。実際、超リアルで良かったなと思いました」。

後日、完成した映画を観てみると、私は後ろ姿のみだったが強面系の編集長や旧知のライター、映画評論家の方々はばっちりと存在感を発揮していた。ちなみに、エンドクレジットには全員の名前を入れてくださったようで、なんだか恐縮してしまう。なによりも、今回、間違いなく新境地を開拓したと思われる山崎の演技を間近で見学できたことがありがたかった。

原作小説については、出版されてすぐに読んだと言う行定監督。「青春ラブストーリーですが、又吉さんの私小説的なニュアンスがある。ああ、俺、この感情を知っているから、映画にできるなと思いました。でも“又吉直樹”の名前がなければ、こんな企画は絶対に通らない。『火花』の次の作品で、研ぎ澄まされている部分がありましたが、そのぶん地味で淡々としていて、ほとんどが永田と沙希の話ですから」。

行定監督は、主人公の永田にシンパシーを感じたようだ。「クリエイター側からすれば、一番心を開いている人に八つ当たりしたり、相手のやることなすことすべてが苛立ちにつながったりすることがあるんです。普通の人から見れば、どうしようもない男に見えると思いますが、ある意味、そんな男を支えようとする、どうしようもない女の話でもあるのかなと。若いのに自分の才能を信じられない、でも、負けを認めたくない男と、支えきれなくなって壊れていく女の話ですね」。

■ 「山崎賢人は色気があるし、これまで見たことのない顔をしている」

今回、初めて組んだ主演の山崎について行定監督は「すごいピュアな男です。俳優としてもそうですし。素直で1つ1つの役にちゃんと向き合っています」と印象を述べた。ヒロインを務めた松岡茉優については「ある種、天才肌なところがある」と述べ「松岡は、最初のテイクから思いも寄らない演技をしてくる、山崎はテイクを重ねれば重ねるほど良くなっていく。そういう意味では、2人の演技でどこをOKラインに持っていくのかが非常に困難でした。そこは真逆でしたが、2人とも感性がすばらしかった」と絶賛する。

特に、山崎については「色気があるし、これまで見たことのない顔をしている」と言うが、現場に佇む山崎を見て大いに納得した。「彼は毎回、いろんなアプローチをしているけど、すごく目が澄んでいるんです。そこを濁らせるところから始めました。とても真面目だから、もともと生えにくい髭もT字カミソリで何度も剃って濃くしてもらいました。痩せこけて、髪の毛もくしゃくしゃです。ああいうやぼったい彼は、いままでなかったと思います」。

常に原作へのリスペクトを忘れない行定監督だが、『ピンクとグレー』(16)でも組んだ蓬莱竜太の脚本は、原作に寄り添いつつも、映画ならではの味わい深い余韻を与えてくれる。行定監督は「僕は原作の台詞や設定を変えたり、大きななにかを加えたりはしたくない人です。だから今回も原作どおり、劇場は下北沢の小劇場にこだわり、井之頭公園で撮ることからスタートしました。下北沢の道の真ん中で人を止めて撮影もしています。だって、下北沢と書いてあるし、タイトルが『劇場』ですから」。

そう、いわば本作の顔とも言える“劇場”は、なんと完全セットで再現するというこだわりぶりだ。「OFF・OFFシアター、駅前劇場、小劇場楽園と、この3つを完全セットで再現しました。きっと映画を観たら、駅前で撮ったんだろうなと自然に思ってもらえると思います。また、いまは名前が変わっているけど、タイニイアリスも出てきます。演劇を題材に使った映画だから、嘘っぽくなると作品への冒涜に当たると思ったので、実際に小劇場に立っている人たちにも見てもらって、そこから撮影をスタートしています」。

また、行定監督は、以前から純文学を映画化することに情熱を注いできた。「昨今の映画でいえば、もっとわかりやすいもののほうが当たっていますが、僕自身はもう少し曖昧なところを表現していきたい。又吉さん自身も純文学をいまの世の中にちゃんと残したいと思っていると思いますし。『劇場』は、エンターテインメントではなく、明らかに純文学です。2人が出会い、寄り添っていって、その経過が描かれているだけですから。ただ、岡崎京子原作の映画『リバーズ・エッジ』もそうでしたが、原作にあまり抵抗はしないけど、同じように再現しようと思ったことはあまりなくて、映画的な解釈はしたいなと思いました。今回も又吉さんにそこを理解していただき、GOが出たので、原作には書かれていないシーンをプラスしました。ある種プレッシャーはありましたが、いまはぜひ完成した映画を観ていただきたいです」。

※山崎賢人の「崎」は立つ崎が正式表記(Movie Walker・取材・文/山崎 伸子)