米国航空宇宙局(NASA)は2020年4月29日、今夏打ち上げ予定の火星ヘリコプターの名前を「インジェニュイティ(Ingenuity)」に決定したと発表した。

「創意工夫」や「発明の才」といった意味で、アラバマ州の高校生Vaneeza Rupani氏が提案。火星探査車「パーサヴィアランス」に搭載されて火星へと送られ、飛行の実証を目指す。成功すれば、地球以外の惑星で飛行する初の航空機になる。

火星ヘリコプター「インジェニュイティ」

インジェニュイティは、NASAジェット推進研究所(JPL)が火星探査に「鳥の目」を取り入れるために開発しているヘリコプターである。

これまでの火星探査は、地表からの高度数百kmを飛ぶ衛星か、地表に降りた着陸機や探査車から行われてきた。しかし、衛星は広く見通すことはできるものの細かくは見られず、一方で着陸機や探査車は非常に狭い範囲しか探査できないなど、両極端であった。

そこに空からの視点が加われば、火星探査が大きく、そして飛躍的に進むことが期待できる。たとえば探査車に先んじて飛び、科学的に興味深い場所を探したり、障害物を検知して探査車の安全な走行に役立てたりすることができる。さらには、探査車では訪れることが難しい崖や洞窟、深いクレーターなどを探査したり、観測機器などの物資を運んだりすることにも役立つかもしれない。

インジェニュイティの胴体はソフトボールほどの大きさで、太陽電池を搭載し、二重反転ローターを回して飛ぶ。質量は約2kg。火星の大気は地球の1%ほどで、地球にたとえると高度30kmに相当する薄さしかない。そのため、探査機はできる限り軽く、同時にできる限り強力な揚力を得るための工夫が施されている。

また、地球と火星は距離があるため、電波が届くには片道5〜20分ほどもかかるため、地上から操縦するのは現実的ではない。そこでインジェニュイティは、センサーとコンピューターを使い、完全に自律して飛行することができるようになっている。

開発が遅れた場合には搭載しないという選択肢もあったというが、JPLにある宇宙環境をシミュレートしたチャンバーを使った飛行試験プログラムを完了。現在ではすでに、親機となる「マーズ2020」ミッションの探査車パーサヴィアランスのお腹の部分に取り付けられ、火星への旅立ちを待っている状態にある。打ち上げは今年7月17日〜8月5日に設定されており、火星には2021年2月18日に到着する予定となっている。

火星到着後は、パーサヴィアランスの走行や探査活動のスケジュールなどを考慮し、適切なタイミングで分離され、またパーサヴィアランスから十分に離れた場所から飛行実証を行う。マーズ2020ミッションにとって、あくまでメインはパーサヴィアランスであるため、車体や探査活動に影響を与えそうな場合などには実証はキャンセルされる。

インジェニュイティの活動可能な期間は火星の30日間(地球の31日間)で、その間に1回以上の飛行を行うことを目指している。成功すれば、地球以外の惑星で飛行する初の航空機になる。

インジェニュイティはあくまで技術実証機であり、本格的な探査活動を行うことはできないが、実証に成功すれば、将来的にはより本格的な火星ヘリコプターを送り込み、さまざまな活動を行える可能性が出てくる。

インジェニュイティを生み出した創意工夫

インジェニュイティという名前は、アラバマ州の高校生Vaneeza Rupani氏が考案したもので、もとはマーズ2020の探査車の愛称を募集するコンテストに応募し、最終選考まで残るも、パーサヴィアランスが選ばれたことで惜しくも落選した名前でもある。

Rupani氏はこの応募の際に寄せたエッセイで、インジェニュイティという名前を提案した理由について、「惑星間航行における困難を克服するために、人々が懸命に努力して生み出す創意工夫とその輝きこそが、私たちが宇宙探査の素晴らしさを味わうことを可能にしているのです。創意工夫があるからこそ、人々は驚くべきことを成し遂げることができ、そして宇宙の果てまで、私たちの知見を広げることができるのです」とつづっている。

Rupani氏はまた、「宇宙探査は、惑星の歴史を知ることができる点で非常に重要です。地球とは異なる環境が、長い歴史の中でどのように変化してきたのか、異なる事象に対してどのように反応してきたのかを知ることができます。そしてその情報は、地球の健康を知り、あるいは将来直面するかもしれない環境の変化から守ることにも使えます」と語る。

NASAではマーズ2020の探査車の愛称をパーサヴィアランスに決定したのち、火星ヘリコプターの名前を、その最終選考に残った提案の中から選ぶことを発案。そしてNASAのジム・ブライデンスタイン長官自ら、インジェニュイティを選んだという。

ブライデンスタイン長官は「このヘリコプターを開発し、探査車に搭載するまでには、多くの苦労と創意工夫が必要でした。来年、火星の空を飛んだとき、誰もがそこに注ぎ込まれた創意工夫を目の当たりにすることができるでしょう」と語る。

また、インジェニュイティのプロジェクト・マネージャーを務めるJPLのMiMi Aung氏は「このプロジェクトの初期のころは、火星で本当に飛ばすことができるのかと、その実現性が疑問視されていました」と振り返る。

「しかしこんにちでは、ヘリコプターは打ち上げ場所へ運ばれ、探査車に取り付けられ、そして火星へ向かうロケットに乗り込もうとしています。Rupani氏がエッセイに書いたように、創意工夫と努力によって、論理を越え、可能性を見出すことができるようになりました。インジェニュイティはついに、火星で飛ぶチャンスを手に入れたのです」。

○参考文献

・Alabama High School Student Names NASA's Mars Helicopter - NASA’s Mars Exploration Program
・Mars Helicopter - NASA Mars
・Q&A with the Student Who Named Ingenuity, NASA's Mars Helicopter - NASA’s Mars Exploration Program

○鳥嶋真也(とりしましんや)

著者プロフィール 鳥嶋真也(とりしま・しんや) 宇宙開発評論家、宇宙開発史家。宇宙作家クラブ会員。 宇宙開発や天文学における最新ニュースから歴史まで、宇宙にまつわる様々な物事を対象に、取材や研究、記事や論考の執筆などを行っている。新聞やテレビ、ラジオでの解説も多数。