前回取り上げた骨太方針2020(正式名称は「経済財政運営と改革の基本方針2020〜危機の克服、そして新しい未来へ〜」が、閣議決定された7月17日、今年度の世界最先端デジタル国家創造宣言・官民データ活用推進基本計画も閣議決定され公表されました。

そして、この概要をまとめた資料が内閣官房IT総合戦略室から「IT新戦略の概要〜デジタル強靭化社会の実現に向けて〜」として、7月27日に公開されました。

今回は、こちらの資料から政府のIT新戦略が今後どのような方向に進むのか、見ていきたいと思います。
IT新戦略の課題認識

(図1)は、「IT新戦略の概要〜デジタル強靭化社会の実現に向けて〜」のなかで、コロナ禍で突きつけられたデジタル化の課題を取り上げたものです。

前回取り上げた骨太方針2020でも、「今般の感染症対応策の実施を通じて、受給申請手続・支給作業の一部で遅れや混乱が生じるなど、特に行政分野でのデジタル化・オンライン化の遅れが明らかになった。」として、「行政分野でのデジタル化・オンライン化の遅れ」を課題としてあげていました。

その「行政分野でのデジタル化・オンライン化」を推進する立場にある内閣官房IT総合戦略室の課題認識は、より踏み込んだ感があります。(図1)では、特に「雇用調整助成金」の項に、その点が見られます。この項では、「雇用調整助成金」のオンライン申請システムが、「政府CIOの下で行われている一元的なプロジェクト管理による対応」がなされないまま急遽構築されたため、複数のシステム障害により、運用停止となったとされています。

政府CIOとは、2013年に「内閣情報通信政策監」として内閣官房内に設けられた役職で、内閣官房IT総合戦略室の室長でもあります。そして、これまで「行政分野でのデジタル化・オンライン化」の司令塔として、位置付けられてきました。

要は、司令塔である政府CIOでのプロジェクト管理によることなく、厚生労働省が独自に「雇用調整助成金」のオンライン申請システムを構築し失敗したと言っているように見えます。

「雇用調整助成金」のオンライン申請システムは、5月20日に運用開始されましたが、すぐに不具合が発覚し運用停止、そして、6月5日に運用再開するも、またも不具合が発覚して運用を停止しました。これらの不具合には、一部の事業者の申請内容が、他の事業者から閲覧できるようになるといった、本来あってはならない不具合も含まれていました。この経緯を見る限り、厚生労働省がことを急ぐあまり、システムの設計からテストに到るまで、十分なチェックが行われていなかったことが想像でき、内閣官房IT総合戦略室は、その経緯を忸怩たる思いで見ていたことが、(図1)の「雇用調整助成金」の文書から見て取れます。

(図1)では冒頭に掲載されている「特別定額給付金」については、地方自治体によるデジタル化への取り組みの違いといった言葉では、課題を掲げてはいません。ただし、「給付に至るまでの手続き全体のデジタル化、マイナンバーの活用に係る制度的制約、マイナンバーカードの普及等の課題あり」と、「手続き全体のデジタル化」という課題として、地方自治体だけの問題ではなく、国・地方自治体を通したシステム全体の問題として捉えていることを示しています。

(図1)に掲げられた課題は、その他に「テレワーク」「オンライン教育」「データの活用」「制度の不統一」「災害への対応」とあり、今回のコロナ禍で指摘されたデジタル対応の課題について、それなりに目配りのきいた内容となっています。
IT新戦略の取り組みの方向性とデジタル庁構想

(図1)の「今般の緊急事態下でのデジタル対応について指摘されている課題例」を受けて、IT新戦略で急ぎ取り組むべき事項を(図2)のようにまとめています。

ここでは、冒頭に「遠隔・分散に対応した制度・慣行の見直し」として、「書面・押印・対面に関する官民の制度・慣行の見直し」が掲げられています。

政府CIOポータルで公表されている「デジタル・ガバメント実現のためのグランドデザイン」(令和2年3月31日デジタル・ガバメント技術検討会議決定)の本文なかに、次のような一文があります。

「先行する国と我が国を比較することで、見えてくることがある。先行する国では当たり前のように実現し国民が利便性を享受しているサービスが、なぜ我が国では存在しないのか。それらの国では存在しない手続や事務処理のために、なぜ我が国で活動する企業の生産性が下げられてしまうのか。」

まさに、書面・押印・対面といった慣行は、「それらの国では存在しない手続や事務処理」にあたり、それを強いられることで、企業の生産性が下げられている現実があります。
民間では、電子で契約書を取り交わす動きや、電子で請求書等をやり取りする動きが出始めています。ここでは、これらの動きを政府が規制するのではなく、積極的に後押しするような動きを作っていくことが、大事なポイントとなります。この項では、行政機関がまず始めるとしていますが、民間で行われる様々な書類の電子化に対して、積極的に規制緩和で臨むことも掲げてほしいと思います。

その後には、「しなやかなデジタル社会の基盤としてのマイナンバー制度」「国と地方を通じたデジタル基盤の構築」「防災×テクノロジー」「データの基盤整備と積極活用」「データの基盤整備と積極活用」「縦割りを打破するトータルデザイン」といった項目が並んでいます。

これらの項目は、基本的には骨太方針2020と相通じるものがありますが、このなかでも、眼を引くのが「縦割りを打破するトータルデザイン」という項目です。項目冒頭に掲げられた「政府CIOの一層のリーダーシップによる全体最適の追求、利用者視点の徹底」という文書で、「政府CIOの一層のリーダーシップ」が太字で示されているのは、(図1)で課題としてあげた「雇用調整助成金」のオンライン申請システムを意識していると思われます。

この「政府CIOの一層のリーダーシップ」を強化する動きは、すでに始まっており、日本経済新聞では8月4日に、「行政デジタル化を一元管理 「政府CIO」の権限強化」という記事を掲載しています。

もともと、政府CIOは創設時から行政のデジタル化の司令塔と位置付けられていたはずですが、実際には各省庁がバラバラにデジタル化を進めてしまい、「全体最適の追求」や「利用者視点の徹底」がなされないままきたのが現実だということを、この項目の文書や日本経済新聞の記事が物語っているのではないでしょうか。

だとすれば、「データの基盤整備と積極活用」の項目で、「今般の新型コロナウイルス対策のサーベイランス情報(※)と、医療機関情報の連携のあり方を検討」とし、「※今般、システム(HER-SYS)を構築し、全国一元的に感染者等情報を把握・管理」としていることが気になります。

HER-SYS(Health Center Real-time information-sharing System on COVID-19)は、「新型コロナウイルス感染者等情報把握・管理支援システム」として、厚生労働省が開発、5月から運用を開始したシステムです。

現状、ほぼ全ての自治体で運用が開始されたようですが、実際に新型コロナウィルス陽性者の情報をこのシステムに入力しなければならない医療機関などでは、入力項目が多すぎて、入力が追いつかず、「全国一元的に感染者等情報を把握・管理」するに至っていないことは、報道番組などでも取り上げられています。コロナ対策でのデータ活用の要が、このHER-SYSであるならば、もっと切り込んだ書き方になるべきではないでしょうか。

世界最先端デジタル国家創造宣言・官民データ活用推進基本計画の本文では、「地方公共団体、医療機関等における積極的な利用を促しつつ、関係者の意見を踏まえ、システムの改善が図られるよう検討を進めていくことが重要である。」とし、さらに「今後は、感染症対策の長期化や次なる感染症の拡大を見据え、G-MISやHER-SYSの長期的な活用のための方策として、広域災害・救急医療情報システム(EMIS)とのそれぞれの利点・特徴を踏まえ、医療機関側の負担軽減や運用コスト低減等も考慮して、災害時等への活用など、基幹システムとしての役割について検討を進めていくことが必要である。」としています。

G-MISは「新型コロナウイルス感染症医療機関等情報支援システム」と呼ばれ、当初から厚生労働省が内閣官房IT総合戦略室と一緒に開発したもので、政府CIOポータルサイトで、すでにG-MISデータの公開が始まっています。HER-SYSの方がG-MISよりも遅れて提供されたとはいえ、本来データが集まっているのであれば、G-MISデータのように公開されるはずですが、今のところ公開されていません。コロナ対策を明確に打ち立てていくために、「全国一元的に感染者等情報を把握・管理」することが重要なはずです。そのためのデータがHER-SYSにより集められるはずなのが、現状そうなっていないのであれば、システムが抱える課題(例えば医療機関側の負担軽減など)を、いち早く解決するように動くべきですが、そのような動きにはなっていないようです。

この辺りにも、縦割り行政のなかで、政府CIOおよび内閣官房IT総合戦略室が行政のデジタル化の司令塔としての役割を発揮できていない現実があるのではないでしょうか。

日本経済新聞の9月6日朝刊で、現在行われている自由民主党の総裁選の候補の一人である菅官房長官が「デジタル庁」の創設を検討していることが[報じられました]。おそらく、そこまで政府CIOおよび内閣官房IT総合戦略室の権限を強化しないと、骨太方針2020で掲げた「10年掛かる変革を一気に進める」ということが、特に行政のデジタル化については、難しいという認識から出た構想と思われます。本当にデジタル庁が創設されるのであれば、それにより行政のデジタル化が、「全体最適の追求、利用者視点の徹底」といった方向で進むことを期待したいのですが、本質的な問題は、既存の省庁に残る既得権益を守ろうとする考え方であり、これが各省庁の抱えているシステムについても及んでいることだと思います。本当に「全体最適の追求、利用者視点の徹底」といった方向で行政のデジタル化を加速させるためには、ここを打破するための動きこそ、必要なのではないでしょうか。という観点からすると、デジタル庁は、縦割り行政を打破するための施策も講じた上で、創設されるべきなのではないでしょうか。IT新戦略が掲げた「縦割りを打破するトータルデザイン」といった方向性が、デジタル庁の創設というかたちで、実現していくのかどうか、注目していきたいと思います。

中尾 健一(なかおけんいち)

Mikatus(ミカタス)株式会社 最高顧問
1982年、日本デジタル研究所 (JDL) 入社。30年以上にわたって日本の会計事務所のコンピュータ化をソフトウェアの観点から支えてきた。2009年、税理士向けクラウド税務・会計・給与システム「A-SaaS(エーサース)」を企画・開発・運営するアカウンティング・サース・ジャパンに創業メンバーとして参画、取締役に就任。現在は、2019年10月25日に社名変更したMikatus株式会社の最高顧問として、マイナンバー制度やデジタル行政の動きにかかわりつつ、これらの中小企業に与える影響を解説する。