2019年、アフリカのケニア、マラウイ、ガーナで、幼い子どもたちを対象に、世界初のマラリアワクチン「RTS,S」の接種が始まった。35年の歳月と巨額の資金を費やして開発されたワクチンに、欧米の専門家たちは熱い期待を寄せるが、それほどのコストに見合う価値があるのかを疑問視するアフリカの専門家もいる。

 世界では毎年2億2800万人がマラリアに感染し、43万人が命を落としている。そのほとんどがアフリカ大陸に集中し、多くは子どもたちだ。

 病原体の寄生虫であるマラリア原虫は、ハマダラカ(Anopheles属)という蚊のメスによって媒介される。マラリアに感染すると、熱、倦怠感、悪寒などの症状が表れ、成人であっても、何週間も寝たきりになる。子どもは長期間学校へ通えなくなり、高額の医療費は家計を圧迫する。

 バイオレット・ワチヤさん(24歳)も、子どもの頃にマラリアに感染した。ワチヤさんはケニア西部の農村に生まれ、家族はサトウキビを栽培し、家畜を育てていた。12歳で重度のマラリアにかかって入院し、学校を退学しなければならなくなった。倦怠感や関節の痛みに襲われ、しばらくすると目がほとんど見えなくなった。家族は飼っていた8頭のウシのうち4頭と、ヤギを数頭売って、3万4000ケニアシリング(約3万4000円)の入院費を工面した。

 ワチヤさんは、自分の息子には同じ目に遭ってほしくないと話す。そのために、生後10カ月のプリンス・ジャクソン君を連れて、2回目のマラリアワクチンを打つために病院を訪れた(子どもは、マラリアワクチンを4回に分けて接種する。1回目は生後6カ月、最後のワクチンは2歳で接種)。「これで、息子がマラリアにかかっても、それほどひどくはならないでしょう」と、バイオレットさんは言う。

 だが、ワクチンの効果を疑問視する声もある。臨床試験では、ワクチン接種によってマラリアの発症率が39%減少し、重症患者も29%減少した一方で、他のほとんどの病気の場合、ワクチンの有効率は85〜95%と高い。RTS,Sは4回の摂取が必要だが、1回でも逃すと効果が薄れる。病院から遠くに住む家庭の多くは、4回の摂取に通うことも難しい。

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