「魔法でも見ているようでした」

 イルカ犬たちは空港探知犬などとは異なり、最低限の訓練しか受けない。「生まれながらの本能を伸ばすことがより重要なのです」とジョージさん。吠えるとイルカをおびえさせてしまう恐れがあるため、吠えないことを教えるのが訓練の主な目的だ。訓練中のイヌには指導役の先輩犬が付く。

 クルーズに同行するようになった初めてのイヌはヒューさんとピップさん夫妻の愛犬でケアーン・テリアの「ヘクター」だった。船に連れて行くうちに、イヌにイルカの鳴き声が聞こえていることに気付いたのだ。

「ヘクターは船の中を走り回り、まるでイルカと追いかけっこをしているようでした」とピップさんは語る。「動物には人間にない能力があるのですね。魔法でも見ているようでした」

 イヌの特異な能力を偶然に見出して以来、イヌは家業の一員となった。それは運命に導かれたかのようだった。

 アルビーが家に来た日のことをジュリアさんはよく覚えている。ある地元住民が、プライベートなツアーの対価にアルビーを持ち掛けてきたのだ。オーストラリアン・ケルピーの「ジェット」は、オーストラリアのアウトバック(内陸部の砂漠を中心とする広大な地域)で暮らしていたジョージさんが母親のピップさんに説得され、アカロアに戻ってきた際、一緒に連れてきたイヌだ。ジェットが家業に加わったのは幸運だったとピップさんは言う。

ペンギンやオットセイにも

 セッパリイルカが大きな注目を浴びるようになり、イルカウォッチングツアーを催行する旅行会社も増える中、アカロア・ドルフィンズは観光系の会社としてはニュージーランドで初めて環境や社会に配慮した公益性の高い企業として「B Corp認証」を獲得している。

「イルカと泳げるツアーなどを手掛ける会社もありますが、私たちは賛同できません」とジュリアさんは言う。「私たちは教育者としての役割を大切にしています。ツアー参加者にはまたとない体験をしてもらう一方、環境への影響は最小限にとどめるよう努力しています」。それがアカロア・ドルフィン社の理念のようだ。

 2014年、ピップさんとヒューさんはイルカだけでなく、ハネジロペンギンやニュージーランドオットセイなどを保護するためのアカロア海洋保護区の設置に尽力した。2時間のツアーの間、こうした生き物たちの群れにも出会うことができた。湾の出口付近ではシロビタイアジサシが荒波の上を軽やかに飛んでいるのも目にした。

 港への帰り道、バスターが誇らしげに船内を歩き、乗客からなでられたり、ほめられたりしていた。船の周りにはイルカがいたが、この時ばかりはバスターが注目の的だった。