【EU離脱】一人ぼっちになったイギリスを待つ悪夢

<離脱派のもともとの狙いは、EUを離れてより条件のよい貿易協定を世界各国と結ぶことだった。しかし孤立し人口も6500万人しかいないイギリスは、今やどの国にとっても優先度の低い相手になってしまった>

テリーザ・メイ英首相の失敗は確実になった。1月15日、メイがまとめたブレグジット(EU離脱)協定は英下院議会で432対202の大差で否決された。彼女は険しい顔で、宿敵ジェレミー・コービン労働党党首に対して首を横に振った。だがメイは心のどこかで、コービンが彼女に浴びせた悪口雑言はどれも正しいとわかっていたにちがいない。

230票という大差での否決は政府にとって「破滅的な」敗北であり、イギリス現代政治史において1920年代以来の最悪の結果だ。そして3年近く前に開始したブレグジットという骨の折れる仕事に対する保守党の対応は全体として、コービンの言葉どおり「まったくの無能」のレベルに達していた。

最悪なのは、イギリスにとって今回の騒動は、ブレグジットが引き起こす問題の始まりにすぎないということだ。そしてメイが以前警告したように、北アイルランドとスコットランドが独自の道を歩み、EUと手を組んだりしたら、国が分裂し、存亡の危機に陥る恐れさえある。だがこの危機は、簡単に終わりはしないし、乗り越える確実な方法も見えない。

有利な協定は望めない

そのうえ、イギリスはいつのまにか世界の舞台で独りぼっちになっていた。現状のままであれば(次善の策の用意はない)、3月29日をもってイギリスはEUから離れ、それに伴って加盟時の権利をすべて失う。深刻なのは、無税でアクセスできる5億人規模の貿易圏(EU)を失うことだ。そしてイギリスを救うために、現状より有利な条件の貿易協定を提案してくれる国はない。特に昔なじみの「特別な」同盟国、アメリカにはまったくその気はない。

そもそもブレグジット推進派が最初に描いていた夢のひとつは、EUとのもつれた関係から解き放たれれば、アメリカやその他主要な貿易相手国ともっと有利な貿易協定を結ぶことができるというものだった。だがそんなことはすぐには実現しそうにないし、特にトランプ政権下では無理だ。

「イギリスがアメリカやその他の国と自由貿易協定を結ぶ道筋は、少なくとも今後10年間ははっきりしない」と、ジャーマン・マーシャルファンドの上級顧問マイケル・リーは言う。アメリカ、オーストラリア、インド、その他を問わず、貿易相手となりうるすべての国が、イギリスにはとても受け入れられない開かれた貿易政策を要求している。



最初からEU離脱派を後押ししてきたトランプの存在は、メイにとって災厄そのものだ。ただでさえ困難をきわめる今後のプロセスが、トランプのせいでさらに困難なものになっている。昨年、トランプはメイのEU離脱案を「EU側に有利な協定」と呼び、メイに不意打ちをくらわせた。そのうえで、メイの離脱案には21カ月の移行期間が必要となりそうだということもあって、イギリスとアメリカの独自の貿易協定の締結が妨げられる可能性があると懸念を表明した。

「トランプは、どんな取引でもアメリカを最優先することを明らかにした」と、リーは言う。「アメリカは、以前のTTIP(大西洋横断貿易投資パートナーシップ協定)の交渉で浮上したすべての問題について、イギリスに妥協を迫ってくるだろう」

TTIP交渉は、バラク・オバマ元大統領のもとで開始し、他の多国籍貿易協定を望むトランプが反故にした。リーによれば、これまでの交渉で争点になっているのは、植物検疫の規制、鶏肉の塩素処理、牛肉中のホルモン、米医療サービス会社によるイギリスの国民健康保険へのアクセスなど。「これらの問題がすべて、蒸し返されることになる」

さらに言えば、孤立したイギリスは、どの国にとっても最優先の問題にはならない。たとえば、オーストラリアとニュージーランドは現在、EUと貿易協議を進めており、イギリスとの協議より優先しているとリーは言う。4億5000万人の市場は、6500万人の市場よりも重要だ。

EUはイギリス抜きでやっていく

アジアに慰めを見いだすこともできない。インドはもっと多くのビザの発行を求めているが、ブレグジットしたイギリスには不可能な要求だ。そして、プリンストン大学の政治経済学者ハロルド・ジェームズによると、トランプの関税戦争のため四面楚歌状態とみられる中国の政権と新たに協定を結ぶことも「現時点ではとても難しい」。

ブレグジットの成り行きがどうなるにせよ、EUで、アメリカで、そして世界中で、イギリスに対する信頼性は大きく損なわれたと、アナリストらは言う。EUがメイと交渉を重ねて作り上げた離脱協定が、EU脱退後はイギリスの発言権が奪われるような内容で、その結果メイが破滅することになる内容であったことからすると、EU本部はもはや、イギリスを引き留める気はないのかもしれない。

「ある意味では、ヨーロッパはすでにイギリス抜きでやっていく準備をしている」とジェームズは言う。欧州議会選挙を5月に控え、EU本部はヨーロッパの反EU派を勢いづかせるようなことはしたがらない。たとえイギリス政府がブレグジットへの賛否について2度目の国民投票を行うことを決心したとしても(その可能性はないわけではない)、ヨーロッパの主要国は懐疑的だろう。

「新たな国民投票の効果については、かなり疑わしい」とジェームズは言う。 「もう一度やったら、またもう一度、さらにもう一度とならないだろうか?」



ここで学ぶべき重要な教訓は、EUのような巨大な貿易圏から立ち去ることは、不可能ではないにしても非常に難しいということだ。イギリスと大陸ヨーロッパは愛と憎しみの入り混じった複雑な関係にあり、要するに結婚と離婚を繰り返したエリザベス・テイラーとリチャード・バートンのようなものだ、とジェームズは冗談めいて言う。

「地理的な状況は変えることができない。イギリスはフランスからわずか数キロのところにある」と、ペンシルベニア大学ウォートンビジネススクールの貿易専門家、マウロ・ギレンはいう。「過去50年の間、イギリスはヨーロッパと近い関係にあった。そしてヨーロッパは世界最大の市場だ」

WTO(世界貿易機関)加盟国として、イギリスは他のWTO加盟国とオープン貿易体制を維持する必要がある。それでも、銀行や航空会社などのイギリスの主要産業が将来も現在の強さと世界中へのアクセスを維持できるかどうかは、疑問視されているとギレンは言う。たとえば、ヨーロッパ系ではないイージージェットのような航空会社は、ヨーロッパ全域への就航を続けるために慌てて許可をとろうとしている。

反EU派にとっての警告

結局のところ、自ら招いた悪夢に直面するイギリスの姿は、欧州内の反EU派に対する警告となるだろう。

「今、イギリスはEUの内部からの改革に批判的な人々を後押しようとするだろう」とジェームズは言い、イタリアの極右政党を率いるマッテオ・サルヴィー副首相がポーランドのEU懐疑派で保守系与党のヤロスワフ・カチンスキ党首に接近、EU内で懐疑派の同盟を結ぼうとしたことを指摘した。

「どちらの側も、ノーというだろう。イギリスの二の舞になるようなことはしないほうがいい」

(翻訳:栗原紀子)


マイケル・ハーシュ、キース・ジョンソン


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