ウイグル弾圧は中国宗教迫害の序章なのか
<宗教への締め付けが強まり、募るイスラム嫌悪......ウイグル人以外にも矛先が向かう日は近い?>
ニューヨークのNPOアジア・ソサエティーで先頃、中国西部の新疆ウイグル自治区でイスラム教徒のウイグル人を中心とする人々が100万人、またはそれ以上も当局によって強制収容されている問題を討議するイベントが行われた。その際、ある中国系の若者が筆者にした質問は胸騒ぎを覚えさせた。
「私は回族です」と、彼は言った。回族は中国最大のイスラム教徒グループだ。「中国内の回族の間では、ウイグル人の次は自分たちだとの恐怖が募っています。既に『反ハラール』の攻撃があり、回族の飲食店の窓が割られる事件が起きている。これからどうなると考えますか」
回族やその他の中国のイスラム教徒にとって現状は暗い。18年12月中旬には、いくつかの省でイスラム教の戒律にのっとって処理されたハラール食品の基準が廃止されるなど、ハラール事業への弾圧を強めた。しばらく前まで、輸出目的で政策的に奨励していたとは思えない変わりようだ。
今月初めには、国内の著名なモスク(イスラム礼拝所)3カ所が閉鎖され、抗議行動が起きた。各地では多くのモスクが閉鎖、あるいはより中国的とされる建築様式への改装を迫られている。モスク内では習近平(シー・チンピン)国家主席の肖像が目立つ場所に掲げられ、壁にはマルクス主義の標語が躍る。
中央に疑われないように
中国のイスラム教徒人口は2000万人超。政府が公認する55の少数民族のうち10民族が伝統的にイスラム教を信仰し、その中では回族とウイグル人が圧倒的に数が多い。この国におけるイスラムの歴史は1000年以上前にさかのぼるほど古く、信者が支配者側と衝突する事件は過去にもあった。
イスラム少数民族の料理は中国各地に普及し、安価かつ人気の料理になっている。この手のレストランは大抵、壁にアラビア語の文字や有名なモスクの写真などを飾る。だが5年近く前に始まったイスラム嫌悪の高まりを受けて、そうした装飾を撤去する店が増えている。
標的となっているのはイスラム教だけではない。中国政府は全ての宗教に対して、国家による管理と監視を要求している。従来の監視役は国家宗教事務局が担っていたが、同事務局は18年3月、党中央委員会直属の中央統一戦線工作部(中央統戦部)に吸収された。
事務局の消滅で、宗教団体との協力関係もほぼ失われた。長らく事務局長を務め、比較的穏健派として知られた王作安(ワン・ツォアン)は中央統戦部の副部長の1人に昇格したものの、実際には部下も権限もない閑職状態だ。
「国家宗教事務局は宗教と党の間で、極めて重要な緩衝材の役目を果たしていた」。長年、中国の宗教NGOと仕事をしてきた匿名希望の欧米人はそう指摘する。「だが、事務局はあからさまな管理の道具に変化してしまった。以前は宗教をうまく機能させるために存在していたが、今では宗教を党のために機能させることが存在目的だ」
一方で、地方政府幹部は党内部で疑心暗鬼が強まる中で圧力にさらされている。そのため寛容な政策を捨てて、強圧的な手段を取らざるを得ない状況だ。
信者を取り巻く環境は厳しさを増している。キリスト教徒は各地で弾圧の嵐に直面しており、著名な聖職者の逮捕や教会閉鎖、聖書のオンライン販売禁止や十字架の撤去も起きている。チベット仏教への監視はこれまで以上に強化され、道教や仏教の場合でさえ建築許可申請を拒否されたり、公的な手続きが複雑化したりする羽目になっている。
とはいえ中国政府による宗教弾圧の最も顕著な例で、おそらく最も悪辣なのがイスラムへの敵意だ。その主な要因は、新疆ウイグル自治区で全体主義的体制が採用されたことにある。同自治区の治安当局は今や、どんなイスラム教の慣行も潜在的な過激主義の兆しと見なす。
ウイグル人への弾圧が強まっていたこともあって、その他のイスラム教徒はこれまである程度見過ごされていた。だが現在では、ほかの地域も新疆ウイグル自治区の過酷な反イスラム活動に倣い始めている。テロ対策に弱腰、あるいはイスラムのシンパだと中央政府に疑われては困るからだ。
「ハラール化」への怒り
不安がとりわけ強いのが、イスラム教徒家庭に生まれた党幹部だ。党に忠誠を誓いながら、ひそかに信仰に共感を抱く「裏切り者」として逮捕されたウイグル人幹部は数多い。
「回族出身の幹部は以前、回族問題に慎重に対処する手助けをしてほしいと、中国政府に頼られていた」と、イスラム教徒自治区に勤務する漢族の公務員は語る。「だが今では、回族出身なら回族に2倍厳しくしなければならない」
中央政府の動きは、国内に広がるイスラム嫌悪に後押しされている。ウイグル人差別は昔から存在するが、かつては信仰ではなく民族性が主な理由だった。新たな形の反感が芽生えたのは、14年3月に中国南部雲南省の昆明で起きたテロ事件がきっかけ。34人が犠牲になった事件の犯人はウイグル人過激派だった。
イスラムを嫌う中国人の想像力が生み出したのが、何もかも「ハラール化」する運動が起きているという主張だ。
食べ物は往々にして衝突の火種になってきた。ウイグル人の若者がしばしば文化的抵抗の証しとして非ハラールの店での飲食を拒む一方、新疆ウイグル自治区では、イスラム教が禁じる豚肉を強制的に食べさせる行為が日常化している。
イスラム嫌いの中国人にしてみれば、都合を押し付けているのはイスラム教徒のほうだという不満がある。そうした心理の背景には複数の不安が潜む。
中国人は食の安全に神経をとがらせている。中国語でハラールを指す「清真」は、文字どおりには純粋で清潔という意味であることから、ハラール食品の消費者は特権的立場にあるとの見方や、漢族は汚いと思われているとの考えが生まれた。それが、少数民族は政府によって優遇されているという漢族の根強い意識と絡み合う。
イスラム嫌悪には別の理由もあるのかもしれない。新たに台頭する漢族ナショナリズムには、国内で敵視する対象が不可欠だ。中国国民のうち圧倒的割合を占める漢族のナショナリズムは、一般市民レベルでも政策レベルでも露骨な高まりを見せ、政府の言説は民族ナショナリズム傾向を加速させている。
新しく形成されたアイデンティティーは多くの場合、強力な敵という存在の上に成り立つ。その役割にぴったりなのがイスラムだ。異国のものと見なされながら、それは中国各地に存在する。その教義は国家にとって容認不可能であり、テロを連想させるものでもある。さらに漢族の大多数は文化的にも政治的にもそれに魅力を感じない。
中国のイスラム教徒にとって、自らの信仰や歴史が敵視の的に転じた現状は既に悲劇的だ。だが事態はこれから、さらに悲惨なものになるかもしれない。
From Foreign Policy Magazine
<本誌2018年01月22日号掲載>
※2019年1月22日号(1月15日発売)は「2大レポート:遺伝子最前線」特集。クリスパーによる遺伝子編集はどこまで進んでいるのか、医学を変えるアフリカのゲノム解析とは何か。ほかにも、中国「デザイナーベビー」問題から、クリスパー開発者独占インタビュー、人間の身体能力や自閉症治療などゲノム研究の最新7事例まで――。病気を治し、超人を生む「神の技術」の最前線をレポートする。
ジェームズ・パーマー (フォーリン・ポリシー誌シニアエディター)
関連記事
国際・科学 アクセスランキング
-
1
15歳でISに加わり帰国希望の英女性、シリア難民キャンプで出産
AFPBB News2019年02月18日05時32分
-
2
サウジ政府、女性の位置追跡できる携帯アプリ批判に反論
AFPBB News2019年02月17日18時55分
-
3
群馬で6歳未満男児が脳死 10例目、東北大などで移植
共同通信2019年02月17日19時41分
-
4
河野氏「かなり激しいやり取り」…日露、歴史認識や主権で激突 「6月大筋合意」難しく
毎日新聞2019年02月17日20時38分
-
5
インド初の準高速鉄道、開業直後に牛と衝突 立ち往生
AFPBB News2019年02月17日12時45分
-
6
タイ北部で在外邦人の保護訓練 自衛隊と米軍などの連携確認
共同通信2019年02月17日18時45分
-
7
米欧に亀裂、中国には注文=独安保会議が閉幕
時事通信2019年02月17日21時23分
-
8
軍隊内の「性の乱れ」に悩みを深める金正恩氏
デイリーNKジャパン2019年02月16日19時14分
-
9
「ボコ・ハラム」が市民や兵士襲撃、15人殺害
読売新聞2019年02月17日22時08分
-
10
進化の綱渡り!? 1属1種、孤高の動物たち5選
ナショナル ジオグラフィック日本版2019年02月18日08時00分
国際・科学 新着ニュース
-
トランプ氏解任「支持する閣僚の数話し合った」 前FBI副長官
AFPBB News2019年02月18日09時38分
-
EU、中国から輸入する鋼製ホイールのダンピング調査開始
ロイター2019年02月18日09時35分
-
日本は「盗っ人たけだけしい」と韓国議長
共同通信2019年02月18日09時34分
-
ジンバブエの金鉱で24人死亡 洪水で坑道浸水、死者増える恐れ
共同通信2019年02月18日09時31分
-
欧州製自動車の輸入、米国の安全保障脅かさず=ドイツ業界団体
ロイター2019年02月18日09時26分
-
昨年伊藤美誠に翻弄された中国女子卓球、今年は早田ひなにもやられるかもしれない=中国メディア
サーチナ2019年02月18日09時12分
-
非常事態宣言の不承認に拒否権 米国境の壁で大統領補佐官
共同通信2019年02月18日09時08分
-
最大野党の支持率下落 民主化運動巡る発言で=韓国
聯合ニュース2019年02月18日09時00分
-
IS壊滅「今後数日以内」 シリア民主軍司令官
産経新聞2019年02月18日08時59分
-
サウジ皇太子がアジア歴訪開始 パキスタンで2.2兆円の投資合意
AFPBB News2019年02月18日08時58分
総合 アクセスランキング
-
1
堺屋太一さん「DAIGOさんを政治家に」プラン温めていた
スポーツ報知 2019年02月18日 06時03分
-
2
キングカズ NHK生出演でドーハの悲劇&フランスW杯落選語った「一生消えない」
デイリースポーツ 2019年02月17日 23時22分
-
3
岩ちゃん&NAOTOサプライズ登場!LDH結婚式
日刊スポーツ 2019年02月18日 04時00分
-
4
『仮面ライダー』制作陣、規制に悩む撮影裏 白倉P「日本で撮影ができなくなる」
ORICON NEWS 2019年02月17日 20時42分
-
5
15歳でISに加わり帰国希望の英女性、シリア難民キャンプで出産
AFPBB News 2019年02月18日 05時32分
-
6
車にしがみつかせ、6キロ蛇行 あおり注意男性けが、運転手逮捕
共同通信 2019年02月18日 05時34分
-
7
研修施設で男が指導役社員の首切りつける
日テレNEWS24 2019年02月18日 07時38分
-
8
ぱるるが衝撃のカミングアウト!「塩対応は本心じゃなかった」
スポニチアネックス 2019年02月17日 23時24分
-
9
旭川のスーパーに車突っ込む 乗車の2人病院に搬送
北海道新聞 2019年02月18日 05時00分
-
10
元幕内・時津洋さん死去 49歳
スポーツ報知 2019年02月17日 23時34分
東京 新着ニュース
東京 コラム・街ネタ
-
迎賓館赤坂離宮で「天皇陛下御在位三十年慶祝行事」 旧御料車の展示も
みんなの経済新聞ネットワーク 2019年02月18日 07時00分
-
「青海」じゃなくて「青梅」です! 青梅駅が貼り紙、JR東日本「イベントある日は間違われる方もいて…」
withnews 2019年02月18日 07時00分
-
【東京駅で500円以下】“朝ラーメン”やコーヒーおかわり自由のモーニングなど朝ごはん5選
レッツエンジョイ東京 2019年02月18日 07時00分
-
テレビの広告モデルは今のままでいい? 有識者が語る今後の“メディア”
TOKYO MX+ 2019年02月18日 06時50分
-
なかのZERO小ホールで「貴公子」實川風さんがピアノ・リサイタル
みんなの経済新聞ネットワーク 2019年02月18日 05時20分
特集
特集一覧を見る記事検索
掲載情報の著作権は提供元企業等に帰属します。
(C) 2019 Newsweek, Inc. 2019 Hankyu Communications Co., Ltd.