寄せ集めコラージュで「優等生国家」スイスの仮面を剥がす

<「ブリコラージュ」の鬼才トム・サックスがエスプリを利かせてスイスの実像をさらす展覧会を開催中>

ニューヨーク生まれのトム・サックスが初めてスイスを訪れたのは16歳か17歳のときだ。

「スイスの精密さと清潔さに、自然の美の広大さに、深い感銘を受けた。一方で、それは幻想でもある。自然は野蛮で暴力的で、死とカオスに支配されている。スイスでは自然の暴力性が人間によって緩和され、手を入れられ、洗練されている」

自然が明らかに崇拝されている一方で、世界の破壊を招くリスクをはらむ「素粒子物理学に、莫大な資源をつぎ込む国でもある」と、サックスは続ける。

コンセプチュアル・アーティストのサックスは30年以上にわたり、「世界をありのままに再現するのではなく、あるべき姿に再現するという欲望」に芸術をささげてきた。

彼の特徴であるブリコラージュという手法は、寄せ集めた素材に本来とは違う目的を与え、新しいものを再構築する。機知に富んだ解釈を施した精巧な作品には、消費主義や暴力、文化的アイコン、社会システムに向けた皮肉たっぷりのメッセージが込められている。

12年にニューヨークで開催した『スペースプログラム:火星』展は、NASAの宇宙探査プロジェクトを再現。管制センターのやりとりや、ベニヤ板で作った実物大の宇宙船操縦室での打ち上げ風景を実演した。宇宙飛行士役がゲーム機のジョイスティックを操縦しながら悪戦苦闘する姿を、観客は本物の打ち上げさながらに見守った。

最新の展覧会『ザ・パック』(スイス南東部サンモリッツのビト・シュナーベル・ギャラリーで2月3日まで開催中)は、スイスという理想化されたブランドや、『アルプスの少女ハイジ』などに代表されるイメージの矛盾を突く。

トム・サックスの精巧な作品は象徴的なアイコンがユーモラスなメッセージを語りだす Mario Sorrenti

永世中立国に究極の皮肉

世界最強の銀行を擁し、赤十字誕生の地にして永世中立国であり、人道主義の手本。まさに完璧な国、それがスイスなのか。あるいは腐敗した自己中心的な権力は、思われているほどの寛容を持ってはいないのだろうか。

「スイスをバッシングするのではなく、あらゆる面をまとめて理解しようとしている」とサックスは語る。だが作品は明らかに、貧困と不正義によって引き裂かれた世界において、ユートピアと思われているスイスの愚かさを揶揄している。



『スイス』と題された絵は、スイス連邦の26州の地図にアフリカの主権国家の名前が割り振られている。最も裕福なツーク州の膨大な資金があれば、ブルンジのような荒廃したアフリカ諸国を救えそうではないか、と。

「最も高度に組織化され、どこよりも感情に乏しい土地と、最も組織化されておらず、どこよりも感情が豊かな土地がある。文化的な観点からは、アフリカは常に、世界にとって魂と人間味にあふれる芸術の源だ」

『ザ・パック』展で展示された絵画『スイス』 (c)TOM SACHS, PHOTO BY GENEVIEVE HANSON, COURTESY TOM SACHS STUDIO AND VITO SCHNABEL GALLERY

展覧会名と同じタイトルの作品(冒頭写真)は、旧西ドイツの現代美術家ヨーゼフ・ボイスが69年に発表したインスタレーション『ザ・パック』をオマージュしている。フォルクスワーゲンのバスの後部ドアが開け放たれて、毛布や懐中電灯などサバイバル用品を積んだ24台の木製のそりが連なっている作品だ。

サックスの『ザ・パック』はスイスの旗の前に、そりの代わりに3台のオートバイが並んでいる。実際にエンジンもかかる3台は、1506年からバチカンとローマ法王(教皇)を警護するスイス衛兵隊の象徴でもあると、サックスは言う。

「ミケランジェロがデザインしたとされる紫と黄色の奇抜な制服を着た彼らは、正真正銘スイス軍の精鋭だ。長いおのや剣を掲げているが、その下に拳銃を所持している」

永世中立国を名乗るスイスにとって究極の皮肉だが、「私は敬服してもいる。警察が必要なら、善い警察が欲しい。腐ったリンゴは要らない。アメリカの警察と違って、黒人が車を運転しているだけで停止を命じられることもない」。

<本誌2018年01月22日号掲載>



※2019年1月22日号(1月15日発売)は「2大レポート:遺伝子最前線」特集。クリスパーによる遺伝子編集はどこまで進んでいるのか、医学を変えるアフリカのゲノム解析とは何か。ほかにも、中国「デザイナーベビー」問題から、クリスパー開発者独占インタビュー、人間の身体能力や自閉症治療などゲノム研究の最新7事例まで――。病気を治し、超人を生む「神の技術」の最前線をレポートする。


メアリー・ケイ・シリング


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