モルシ政権の運命が米中東政策に及ぼした影響 - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

<死去したモルシの運命は、世界とアメリカが「アラブの春」にどう向き合えば良かったのか、という疑問を突き付ける>

ムハンマド・モルシの訃報は突然でした。2011年の「アラブの春」でムバラク政権が崩壊して民主化が実現されたのち、2012年に行われた選挙で勝利して同年6月に大統領に選出、しかしながら2013年7月には軍によるクーデターで失脚、シシ政権の発足に伴って逮捕された後は身柄を拘束されていました。6月17日に法廷で倒れ、そのまま死去したと報じられています。享年67歳でした。

アメリカの中東政策を考える場合、モルシ政権の運命というのは、米外交への影響は無視できないものを残したように思います。そのことを考えるために、モルシ氏の残した課題を整理しておきたいと思います。

1つ目は「アラブの春」の評価です。2011年にアラブの春の運動が、チュニジアからエジプトに飛び火した時、オバマ政権はこれを歓迎しました。そこには、素朴に自由と民主主義の普遍性を正義として信じる態度がありましたが、同時に、不安定な独裁政権が続くことで、不満を抱くグループが過激化する危険性が、民主化によって減るだろうという期待もありました。

ですが、結果的に民主主義の手続きによって成立したモルシ政権は、徐々に宗教的な性格を強めていき、最後には憲法を改正して民主主義を壊す判断まで突き進んでしまいました。結果として、民主化が実現したために、民主的に非民主的な憲法をオーソライズしようとするという矛盾に立ち入ってしまったのです。

もちろん、国連で活躍したモハメド・エルバラダイ氏をはじめとした非宗教政治(世俗政治)を志向した政治家が、大統領選に出馬しなかった問題もあり、それがモルシ氏のような「ムスリム同胞団」政権を作ってしまったわけですが、問題はそれだけではありません。そもそも、アラブの春の発生に際して、アメリカや国際社会はどう振る舞えば良かったのか、これは大変に重たい疑問です。

2つ目は、モルシ氏個人の軌跡です。この人は職業政治家ではなく、そもそもは宇宙航空工学における素材(酸化アルミニウム)の基礎研究者でした。苦学したのちに、エジプト政府の国費留学生としてアメリカに留学、南カリフォルニア大学でPhD(博士号)を取った後は、アメリカで大学の教員もしていたのです。

その後は、エジプトに戻って大学教授をしていたのですが、やがて「ムスリム同胞団」から出馬して国会議員、そして大統領にまでなりました。アメリカで学位を取得し、大学で教えていた人物が、自分の母国に戻った後、宗教系の保守政党で政治に携わったこと、その内心のドラマがどんなものであったか、同氏の死によってそれは永遠の謎になってしまいました。

例えばですが、米国に留学して教員までしていたために、かえって帰国後は右翼の宗教政党に入らざるを得なかったとか、政治家としても「親米派」と思われないためにあえて保守的な政策を取らざるを得なかった、そんな政治力学に巻き込まれていた可能性も考えられます。



3つ目は、モルシ政権を打倒したシシ大統領(現)によるクーデターをどう位置づけるかという問題です。ムスリム同胞団(ブラザーフッド=兄弟団)というのは男性中心のイスラム系宗教団体で、保守的な思想を掲げています。原理主義と言っても過言ではないでしょうし、イスラム法(シャリーア)の実行まで主張する祭政一致の右派団体です。ですが、私の理解では、同時に暴力やテロとは無縁の存在であったはずです。

また宗教的にはスンニ派ですから、シーア派のイランやヒズボラとは基本的に無関係のはずです。それにも関わらず、アメリカやイスラエルは、テロ容認組織のように扱い、どんどんこの団体を過激な方向に追い詰めていきました。

そんな中で、モルシ政権を倒したシシ大統領は、当初はロシアや中国に接近していましたが、イスラエルとの関係を劇的に改善させ、現在はトランプ政権と良好な関係を結んでいます。いわば、同胞団が政権担当に失敗したことで過激化して自滅、その代わりに利害調整に敏感な開発独裁政権が発足して機能しているわけです。

これに対して、2018年7月27日にニューヨーク・タイムズが掲載した、デビット・カークパトリック記者(クーデター当時の同紙カイロ支局長)の論考「ホワイトハウスとストロングマン」が、かなり辛口の見解を載せています。

カークパトリック記者は、オバマがモルシ政権を容認しつつ、独裁化を懸念して説得を続けた一方で、当時のケリー国務長官やヘーゲル国防長官は、かなり早期からモルシを見放していたと暴露。当時のオバマ政権の迷走が、結果的にシシ独裁政権の登場を招いたし、現在の「独裁者とのディールを好む」トランプ外交への道を開いたと厳しく批判しています。

しかし、これも結果論に過ぎない部分があり、モルシ政権が行き詰まった際に、アメリカとしてどんな行動を取れば良かったのか、今でも何が最適解であったのかを考えるのは困難を極めます。また、現在のシシ政権が中東全体の安定に寄与しているのかも、そう簡単に評価できないと思います。

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