香港「逃亡犯条例」改正反対デモ──香港の「遺伝子改造」への抵抗

<警官隊と衝突しても、中国に脅されても、何度でも立ち上がる若者たちのルーツと、彼らが直面する香港の悲劇>

刑事事件容疑者を香港から中国大陸・台湾・マカオにも引き渡すことを可能とする「逃亡犯条例」の改正をめぐり発生した、香港の抗議活動が止まらない。

6月9日の「103万人デモ」(主催者側発表)以来、毎週各地で大規模なデモ行進・集会が発生し、7月以降は警察との衝突による催涙弾の使用も半ば常態化した。8月5日にはゼネストが発動され、鉄道・バスの運休に加え、香港空港発着の200便以上が欠航となった。

逃亡犯条例の改正が2019年2月に政府から提案されたきっかけは、2018年2月に発生した、香港人の男が、交際中の女性を旅先の台湾で殺害し、香港に逃げ帰ったという事件である。

引き渡し制度の不在のため、犯人を殺人罪で裁けないという問題が生じ、それへの対応として、政府は条例改正を目指した。しかし、政治とは無関係のこの事件が、通常ならば香港全体を巻き込む大問題になるとは考えがたい。

なぜこれほどの抗議活動が生じたのか。それは「容疑者を大陸に引き渡す」ことが、様々な理由で、香港の特徴の根幹に触れ、そのあり方を根本から変える、言わば香港の「遺伝子改造」となると警戒されたためである。

7月26日、香港国際空港での航空業界職員らによるデモ public domain


「逃亡犯」の街──引き渡しの恐怖

「103万人デモ」当日、香港紙『明報』はデモ参加者にアンケートを実施した。それによれば、彼らが条例改正に反対する理由のなかで、「自分・家族または友人が大陸に引き渡されると心配するから」とした者は56.2%にものぼった。

相当数の一般市民が、大陸への引き渡しを身に迫る危険と感じるのはなぜか。恐らくその背景には、そもそも香港そのものが「逃亡犯」の街であるという歴史がある。

第二次大戦後、中国では国共内戦から毛沢東の極端な社会主義独裁統治へと、政治・経済の混乱が頻発した。飢餓や迫害を免れるため、多くの難民が大陸から英領香港へと逃亡した。そうした難民と、その子孫が多数派を占めるのが今の香港である。

難民はもちろん生きるための選択であったが、見方によっては、祖国を捨てて植民地に身を投じた「逃亡犯」である。2012年には、北京大学の教授がテレビ出演の際、「多くの香港人は犬」と発言して大問題になった。ここでの「犬」は、「西洋人の走狗」という意味である。

こうした香港への冷たい見方は、近年経済面での「香港不要論」が勢いを得て、香港への憧れが減退している大陸で、強まっている。

「中国に送られる」こと、愛国心を基準に裁かれることは、香港人にとって悪夢である。かつて香港の親は子どもを叱る際、「悪い子は大陸に送るよ」と脅したともいう。実際、植民地期のイギリス香港政庁は、中国共産党寄りの活動家などを中国に追放するという「刑罰」を持っていた。



避難所の喪失

香港では、かつては社会主義中国では許されなかった商売ができ、今も権威主義体制の中国では許されない反政府活動が容認される。

「避難所」としての香港は、大陸では許されない活動を行う場所であったがゆえに発展してきたといっても過言ではない。そして、香港のそうした役割は、一元的・硬直的な中国の体制の弱点を補完する、中国にとっても欠かせないものであった。

例えば、文革中の中国は、鎖国状態のなかで、外貨の獲得源として香港に大いに依存した。このため、周恩来首相は香港を「長期打算・充分利用(長期的に考えて、充分に利用する)」との方針を立てて、イギリスによる植民地統治を当面黙認したのである。

しかし、近年の中国政府は、香港の特殊性に対して寛容ではない。2015年末に、共産党を批判する内容の、大陸では発禁の書籍を多く商ってきた「銅鑼湾書店」の関係者5名が次々と失踪し、大陸で公安当局に拘束されていることが後に判明した。そのうち1名は香港から拉致されたと疑われている。

さらに、香港の超高級ホテルで生活していた大陸の大富豪・肖建華が、ホテルから連れ去られる事件も2017年に起きた。肖建華は大陸で捜査を受けていると報じられているが、未だ消息不明である。

この2つの事件について、中国外交部の宋如安駐香港副特派員は5月、今後は法改正で対応できるようになると述べたという。端的に言って「拉致の合法化」である。

こうして、香港は安全な「避難所」としての機能を失うと見なされた。銅鑼湾書店事件の5名のうち、後に拘束の経緯を公の場で語り、カメラの前で罪を自白するよう強制されたことなどを暴露していた店長の林栄基は、逃亡犯条例改正案審議が始まると、最早香港は安全ではないとして、台湾に移住した。

司法の独立の喪失──中立性の崩壊への不安

逃亡犯条例改正問題の重要な論点の一つは、香港の司法の独立の喪失である。香港の司法は返還後も英国式のコモン・ローが通用し、外国籍裁判官も多数在籍する。裁判官の任用は独立した委員会の推薦に基づく。世界の司法制度を評価しているWorld Justice Projectによる最新の「法の支配指数」は、香港を世界126カ国・地域中16位と高く評価している。

法の支配は、民主主義を欠く香港において、統治の公平性・平等性を担保した。イギリス統治下の植民地香港は、大陸の共産党と台湾の国民党の冷戦の最前線に置かれた。

当局は一見すると強権的支配者として権力を独占し、君臨していたが、実際は、戦後アジアの脱植民地化・独立が進むなかで、香港は衰退する大英帝国の孤立した残滓に過ぎなかった。

人口の9割を占める華人のなかには、大陸の共産党と台湾の国民党につながる勢力があり、政治問題の処理を過てば、左派・右派の住民や外部からの圧力で統治が揺るがされかねないという、極めて難しい地政学的条件の下に香港は置かれていたのである。



そのようななか、政治的安定を保つために、香港政庁が選んだのは法の支配であった。

権力者から末端の市民まで、国籍を問わず、すべての人を等しく縛る中立的で独立した司法を設けて、政治問題をも裁判所の法に基づく判断に委ねてしまえば、政府は左派からも、右派からも、ひいきまたは差別したと指弾されることを避けられる。その結果として、非民主的な植民地統治に法の支配が伴う珍しい現象が、戦後香港で生じたのである。

しかし、逃亡犯条例改正によって、大陸からの引き渡し要求がなされるようになった場合、香港は司法の独立を維持できるのか。

引き渡し要求が中央政府からなされた場合、応じるか否かを判断するのは香港の裁判所である。共産党政権が、自身が強く敵視する人物に対し、経済犯罪などの容疑をかけて香港からの引き渡しを求めた場合、中国の一地方である香港の裁判所は、圧力を排して公正に判断できるのか。これには香港の裁判官からも不安の声が上がった。

自由の防衛戦──香港抵抗運動の「お家芸」

法の支配は、香港が経済活動の自由度世界一と評価されるにあたり、欠かせない条件であった。強大な政治勢力を背景にした巨大企業も、難民が徒手空拳から興した零細企業も、少なくとも法律においては、同じルールの下で公平に扱われることを意味したからである。

しかし、共産党が指導する中国の裁判所が引き渡し要求できる制度ができれば、香港の経済活動・言論活動・政治活動は、中国への忖度の度を高めざるを得ない。

政府が最低限のルールだけを定めて社会を放任し、無秩序に近い自由が展開される香港の特徴が失われれば、「香港は香港でなくなってしまう」という感覚は、「何でもあり」の香港映画などに親しんだ人であれば、日本人でも分かるところではないか。

したがって、香港市民は上述のように、何重もの意味で香港の「遺伝子改造」とも言うべき逃亡犯条例改正を阻止すべく立ち上がったわけであるが、自由の防衛戦はまた、香港市民運動の遺伝子に刷り込まれた「お家芸」でもあった。

返還後も、香港の反政府派は、2003年に「50万人デモ」で国家安全条例を廃案に追いやり、2012年には「反国民教育運動」で小・中・高の愛国教育の必修化を断念させた。

民主的な行政長官の普通選挙を求める2014年の雨傘運動が成果を得られなかったように、香港が何かを求めて「攻める」運動は得意ではないが、自由を「守る」となると、市民は一致団結して激しく抵抗し、多くの場合は成功するのである。



今回も、2月の条例改正の提案後、反対の声は各界からあがった。雨傘運動後に顕著になった、反政府側の穏健派・急進派間の路線対立はにわかに解消した。

それどころか、民主化問題では政府支持に回る財界や保守派の市民をも、反政府側がある程度味方につけた。その結果、返還後最大のデモを実現させ、政府を孤立させて、法案改正の審議停止に追い込んだのである。

デモ参加者の一つのキーワードになったのが「Be water」という言葉であった。水の如く融通無碍に、変幻自在に相手を惑わす戦術である。毎回のように形を変える、特定の指導者なきデモは、実際に政府を大いに苦しめた。この「Be water」は、かつて香港映画の大スターであったブルース・リーが語った言葉である。このようなところにも、香港のDNAが現れたのである。

8月5日、ゼネストと各地での集会が決行される。 新界地区・沙田のショッピングモールでの抗議活動 Studio Incendo/Wikimedia Commons

北京の「お家芸」に、デモはどう向き合うか

こうしてデモは延々続いている。雨傘運動が79日間粘ったように、デモの長期化もまた香港の「お家芸」である。しかし、今や「革命」の言葉も掲げ、統治方式の大転換まで求めるようになったデモは、北京の中央政府とも対峙せねばならない。

対する中央政府もまた「お家芸」を繰り出している。デモの一部の過激派を非難して孤立させ、市民のデモに対する反感を強めさせ、デモ参加者と市民の対立を作るとともに、中間派の多数派を味方に付ける戦術である。これは中国共産党が国民党との内戦に勝利した秘訣とされる「統一戦線」の発想である。

8月に入ってさらに過激化の度を増すデモは、何らかの失敗を機に市民に嫌われ、この北京のシナリオに沿って弱体化する可能性も少なくない。小売りや観光などを中心に、香港経済への悪影響も徐々に現れている。香港市民はどこまで、急進化するデモを受け入れるか。

香港の「遺伝子改造」の試みは、政府の想像を遥かに超える抵抗を生んだ。しかし、香港の抵抗運動が、北京の「お家芸」と対決するという最も困難な局面が、この先に待っているのである。

※当記事はジェトロ・アジア経済研究所「IDEスクエア」からの転載記事です。

[執筆者]倉田 徹
1975年生まれ。2008年東京大学大学院総合文化研究科博士後期課程修了、博士(学術)。2003~06年に在香港日本国総領事館専門調査員。金沢大学人間社会学域国際学類准教授を経て、立教大学法学部政治学科教授。専門は現代中国・香港政治。著書『中国返還後の香港―「小さな冷戦」と一国二制度の展開』(名古屋大学出版会、サントリー学芸賞受賞)、共著に『香港』(張彧暋と共著、岩波新書、2015年)、編著に『香港の過去・現在・未来』(勉誠出版、2019年)など








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倉田徹(立教大学教授)


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