これまで人類は100年以上にわたってブラックホールの存在を追い続け、研究を進めてきた。1916年に物理学者のアルバート・アインシュタイン博士の一般相対性理論でブラックホールの存在が予言された。また、天文学的には銀河の中心に活動性の高い「何か」があることが、20世紀初頭から知られていた。

観測が進む中で、ほぼすべての銀河の中心には、巨大なブラックホールがあると考えられるようになった。2015年の米国の重力波望遠鏡LIGO(ライゴ)による重力波の観測から、小さなブラックホールの存在も確実になった。ただ、ブラックホールが「光さえ脱出できない暗黒の天体」であるため、「画像」として捉えられるのは難しかった。

日米欧など世界の13機関を中心に200人以上の研究者が参加している国際共同研究プロジェクト「イベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)」は、ブラックホールを撮影することに成功した。世界各国の電波望遠鏡をつなぎ合わせて地球サイズの仮想的な望遠鏡を作り上げる手法「超長基線電波干渉法(VLBI)」で観測した。直径約1万キロメートル、波長1・3ミリメートルで観測し人間の目に例えると「視力300万」を実現した。M87と、いて座Aスターの銀河の中心を高解像度で観察した。

19年4月に画像を発表したM87のブラックホールは、地球からの距離が5500万光年(1光年は光が1年間に進む距離)離れ、リングの大きさが0・01光年で、天体の質量が太陽の65億倍であることが分かった。17年4月に6カ所8台の望遠鏡で世界初の撮像観測を実行した。その後、2年かけて得られた成果がブラックホールの画像だ。

ブラックホールの撮影は、ドーナツ構造の中心の「穴」が見えたことを意味する。この穴が「ブラックホールの影」であり、ドーナツ状の部分はブラックホールにまとわりついた光の粒だ。

ブラックホールの存在を視覚化し、銀河の中心にある天体が巨大ブラックホールであることが確実になった。この成果によって、100年にわたる「ブラックホールの姿を画像化する」という課題に終止符を打つことができたといえる。

EHTは08年から始まり、12年目を迎えた。当初は米国のチームが波長1ミリメートルの電波を利用した3台の望遠鏡を使い、いて座Aスターのブラックホールを観察していた。

だがブラックホールの穴を観測できなかった。そこで、国際プロジェクトを立ち上げ世界中の電波望遠鏡を使い協力する試みが始まった。

日本では、10年にチリのアタカマ・サブミリ波望遠鏡(ASTE)の観測ができるように整備を始め、事前の実験段階で使われた。12―15年にチリのアルマ望遠鏡でVLBIが使えるように整備を始め、並行して画像解析やソフトウエアの研究開発を行った。そして世界各国の電波望遠鏡の準備が整い、17年4月初旬の4日間に初めて観測が行われた。その2年後の19年4月に研究成果を世界中に発表した。

1年に及ぶデータ解析 観測結果、予想と合致

EHT全体の正式メンバーの中で日本人は、日本国内の機関に所属するEHT正式メンバーが14人、米国やドイツ、台湾などの機関に所属する8人の計22人。電波望遠鏡の観測運用や装置開発、画像解析手法の提案と画像解析、理論やシミュレーションとの比較などに貢献した。

日本チームの主な仕事は、観測データを解析して画像化することだ。17年の観測が終わった後、全データを集めて掛け合わせる必要があった。

だが、世界各国の観測データは膨大。全データがそろうまでに時間がかかり、特に南極の観測所からは半年以上かかった。こうした作業と並行して、作成した解析プログラムが正確に動くかを確かめる作業に半年以上取り組んだ。

解析プログラムは、従来法に加え米国が開発した手法、日本が開発した手法が使われ、3手法で得られた結果を平均して画像化された。

日本が開発した手法は、無数の解が存在する方程式からもっともらしい解を選択する「スパースモデリング」を使っている。電波干渉計やX線回折などにも使われている。

これらの手法を使い、初めはブラックホール以外のところを何度も解析した。観測データがそろっても、そのデータを見せてもらうことは許されなかったという。

18年6月にようやくブラックホールの画像解析に取りかかれた。日本チームは、たった30分で画像化しブラックホールに穴があることを1発で突き止めた。本間希樹教授は「他のチームも1日以内で結果を出していた。解析グループごとに結果が分からないようにお互いこっそりと解析していた」と振り返る。

解析した画像データがそろった後、最先端の理論シミュレーションと比較することで、ブラックホールのリングの明暗や電波の強さ、ブラックホール近傍のガスが電波を放射しているという結果と合致した。

また、解析した手法によらずブラックホールの構造が一致した。さらに、観測した4日間とも同じ構造だったことから突発的な現象ではないことが分かり、ブラックホールの撮影に成功したと結論づけた。

国立天文台水沢VLBI観測所所長・教授の本間希樹氏「高圧ガス、解明目指す」

ブラックホールの撮影に成功し、成果を発表してから1年。現在の研究や発表当時の心境などを、国際プロジェクトチームの日本側の代表で国立天文台水沢VLBI観測所所長の本間希樹教授に聞いた。(聞き手・飯田真美子)

―ブラックホールの撮影成功の発表から1年が経ちました。
「データ解析は現在も続いている。1年前に発表したM87銀河のブラックホールからは高圧のガスがジェットとして噴き出している。そのメカニズムの解明につながる観測や解析を行う予定だ。同時に観測していた『いて座Aスター銀河』のブラックホールの画像解析を進めている」

―研究成果の発表後、周囲の反響はどうでしたか。
「家族は『お父さんこんなことやっていたの』と、あっさりとした反応だった。テレビに出ても『ネクタイ曲がっていたよ』と言われるくらいだった。それでも、テレビの朝のニュースや新聞の1面で取り上げられたことには驚いた。ワイドショーなどのお茶の間レベルの番組にまで取り上げられると思わなかった。どう取り上げられるか不安だったが、多くのメディアに取り上げてもらい、うれしかった」

―多くの人が研究に関心を持ちました。
「ブラックホールについて小学校では教えない。それでも子どもから大人まで、誰もがブラックホールはすごいものだと知っている。そこに日本の教養レベルの高さを感じた」

国立天文台水沢VLBI観測所所長・教授の本間希樹氏

―研究成果はノーベル賞受賞の候補になっています。
「ノーベル賞は、国際プロジェクトチームを10年引っ張ってきた米ハーバードスミソニアン天体物理学センター上席研究員のシェパード・ドールマン氏が受賞するだろう。ドールマン氏とは10年以上の知り合いで、彼が受賞するのであれば喜んで拍手を送りたい。今年受賞することは難しいかもしれない。もう少し時間がかかりそうだが、数年で取れたらいいと考えている」

―ブラックホールの研究は奥が深いです。
「ブラックホールの研究では、まだまだ面白いことが見つかる。観測に使った電波望遠鏡はブラックホールの観測に限らず、いろいろなことができる。これからも研究を応援してほしい。国民が続けてほしいと思ってもらえる研究を続けたい」

【略歴】ほんま・まれき 99年(平11)東大院理学系研究科天文学専攻博士課程修了、同年国立天文台COE研究員。00年助教、07年准教授、15年教授、水沢VLBI観測所所長。米テキサス州生まれ、神奈川県出身、48歳。理学博士。