世界的に評価が高まっている国産ワインや日本酒。醸造家が新たな味を追求する裏で、化学メーカーも技術で貢献している。新型コロナウイルス感染症の対策で酒の楽しみ方も変わるかもしれないが、おいしさは日々進化し、飲む人にふっと息つく時間を提供してくれる。(梶原洵子)

三井化学 特殊樹脂、ワイン鮮度保持

「『アドフレッシュ』フィルムで包んで保管すれば、収穫直後に近い状態でブドウを搾れそうだ」。山梨県甲州市で「MGVs(マグヴィス)ワイナリー」を運営する塩山製作所の松坂浩志社長は、三井化学が開発した鮮度保持フィルム技術「アドフレッシュ」を知り、すぐさまワイン造りへの利用を決めた。

近年人気の「甲州」種のブドウを使った白ワインは、香りの高さが特徴。チオール系成分の爽やかな柑橘(かんきつ)系の香りは、酸味などの特徴と合わせて料理に合うワインとして評判だ。

醸造家としては、香り成分が多く、よりフレッシュな状態で果汁を搾りたいが、収穫したてのブドウは搾れない事情があった。秋の収穫時期は早朝であっても気温が高い。「香り成分の前駆物質が酸化して減るのを防ぐため、甲州種の白ワイン造りは果汁を搾る前にブドウを丸1日冷蔵庫で冷やさなければならない」(松坂社長)。

そこで鮮度を保持する三井化学のアドフレッシュの出番だ。アドフレッシュのフィルムには、ガス透過性が非常に高く、なおかつ二酸化炭素(CO2)を酸素(O2)の3―4倍多く通す特殊樹脂を配合している。同樹脂の働きで、果物の呼吸で増えるCO2を袋の外に出して酸欠状態を防ぐ。O2濃度もコントロールして、冷蔵庫で1日冷やす間、果物の劣化を抑える。

4月には、2018年に収穫したブドウにアドフレッシュを使った第1弾の白ワイン「K231 KITANORO 2018」を発売した。同ワインは香りを高めるため、ブドウの収穫時間帯にもこだわった。チオール系香り成分の前駆物質の量は日の出の時間にピークを迎えるという山梨大学の研究報告に加え、夜間など気温の低いうちに収穫すると酸化や微生物汚染のリスクを低減できる。そこで10月初旬、両方の条件を満たす朝6時から収穫した。

19年2月に60人が参加した試飲会では、アドフレッシュを使っていない商品に比べ、フレッシュさや香味成分が高く評価された。実際に維持された香りの前駆物質の量など、研究すべきことはまだたくさんある。松坂社長は「『アドフレッシュ』の効果を確認しながら、今後の生産を考える」という。

MGVsが立地する山梨県甲州市周辺はブドウとワインの名産地。ブドウの収穫は時間帯にもこだわりが…

新型コロナ感染症の流行は、ワイン販売にも影響している。MGVsは半導体関連加工を行う塩山製作所が16年に立ち上げた若いワイナリーだ。20年は酒販店の拡大などを予定していたが、この計画は止まっている。「インターネットでの情報発信や販売、畑での試飲など、いろいろと考える良い機会にしたい」と松坂社長は話す。

一方、三井化学はワインと別の挑戦も行う。アドフレッシュを使えば、秋に収穫した果物を低温環境で“冬眠”させ、旬の状態で年末シーズンに販売できる。高級果物の販売機会を広げられるとみて、流通業者に提案する。

旭化成 においセンサー、清酒発酵検知

旭化成は4月、酒造会社の吉乃川(新潟県長岡市)などと共同で、清酒の発酵過程の「におい」データを分析し、酒造りの効率化や清酒の品質向上を目指す取り組みを始めた。

酒は生き物で、どのように発酵が進み、どんな味になるかは、酒米や気温などの条件で変わる。吉乃川では、発酵過程での温度やアルコール度数の計測に加え、熟練者が「におい」で発酵の進行具合をみている。

この工程を効率的かつ衛生的に行う方法を模索していたところ、出会ったのが旭化成や物質・材料研究機構(NIMS)が開発するにおいセンサーだ。同センサーは超小型の膜型表面応力センサー(MSS)で、においの原因となる多様なガス分子を「感応膜」上に吸着。膜に表面応力が生じ電気抵抗の変化から同分子を検知する。「清酒タンク上部に設置すれば、タンクを開け閉めせずに衛生的に24時間データを収集できる」(旭化成)。

清酒タンク上部に設置したにおいセンサーで発酵の進行などを確認する

通信ネットワーク環境の整備を行うNTT東日本も協力し、取り組みの第1弾として、「におい」からアルコール度数を推定・可視化する実験を行っている。他の各種成分の把握や発酵時のにおいの変化なども分析し、味わい深い清酒の製造につなげたい考え。

NIMSらは同センサーを“香りのモノサシ”として標準化すべく「MSSフォーラム」を通じて多様な実証実験を行っている。

三菱ケミカル ゼオライト、味の特徴演出

どんな酒にも水が欠かせない。三菱ケミカルは「クリンスイ」ブランドで、浄水器をはじめとした水技術を展開している。最近では、浄水器でミネラル分をほとんど取り除いた「超軟水」で酒を仕込んだ、酒造会社とのコラボレーション酒を毎年販売している。

またゼオライト膜を用いた脱水装置による濃縮を、日本酒やワインを味の濃い、特徴的な酒に変える技術として提案している。ゼオライト結晶構造中の分子サイズの微細な空隙(くうげき)を使い、加熱せずに水分子だけ分離して濃縮する。加熱濃縮では水と一緒にアルコールやうまみ成分なども飛んでしまうがゼオライトはこれを保持して濃くできる。

同技術を使い14年には西野金陵(香川県琴平町)が「琥珀露(こはくつゆ)」を、17年には清水清三郎商店(三重県鈴鹿市)が「コンセントレーション 作(ざく) 凝縮 H」を発売した。うまみ・香り成分を2倍にした「作」は、日本酒の食後酒としての可能性を示し、16年の伊勢志摩サミットでも評判となった。

清水清三郎商店の「コンセントレーション作凝縮H」(左)と西野金陵の「琥珀露」

全国の酒造会社は地域で採れた米やブドウ、水を使い、多くのこだわりを持って異なる味わいの酒を造る。化学メーカーが関わるのはその一部ながら、今も新たな味の追求に一役買っている。