新型コロナウイルスの感染拡大で世界経済の先行きが不透明感を増している。経営環境だけでなく働き方など社会そのものが変化を迫られ、経営者にとってはこれまで以上に、リーダーシップのあり方が問われることになる。そのような状況にどう対峙していくのか、ダイキン工業の井上礼之会長に考えを聞いた。(聞き手・錦織承平)

朝令暮改を是としろ

−新型コロナの影響が見通せません。どのように対応しますか。

「今回のような経験は初めてで、分からないことも本当に多い。命や安全が経済活動に大きく影響し、世界で人や物の往来が制限され、行動様式や価値観が変わる。これまでの経済危機時は活路を見いだせる地域があったが、今回はそれがない。完全な収束には治療薬やワクチンの完成を待たざるを得ず、停滞は長引くだろう。こういう時のリーダーシップは短期悲観、長期楽観で、攻めと守りの舵取りが必要だ。希望的観測は排し、毎日の情報を早く、正確につかむ。変化する状況の中で意思決定し、社員の不安や迷いを断ち切らなければならない」

「先行きが読めないからといって成り行きに任せると大変なことになる。計画は立てるが決め込むことはしない、朝令暮改を是とする、走りながら絶えず軌道修正するとか、そういう感覚だ。こういった有事の時にリーダーは好奇心を働かせるべきだ。情報のアンテナを張り巡らし、思考を巡らす感性を持つことだ。ちょっとした変化を感じることができれば手が打ちやすい」

ダイキンの滋賀製作所(滋賀県草津市、同社提供)

−過去の経済危機時にも同じ考えで行動されたのでしょうか。

「トップ経営者は、部下が考えて答えを出せることに時間をかける必要は無い。過去の成功が通用しないことに対し、競合よりも一歩、半歩先に手を打つ。そのために、成功事例を創造的に破壊して、答えのないところに答えを出すのがトップの最大の役割だ。こういう意味では過去の不況時などと同じだが、今回は他地域に手を打つこともできないし、いつまで続くかもわからない。命や安全に関わるため、動けない。こういった制約はかつて無く、押しかけてくるモノの圧迫感が全然違う。ただ、世の中では空気や空間の換気、清浄といったことに関心が高まっており、当社にとっては絶好のチャンスだ。こういうことを考えると不安が払拭され、取り組むべきテーマが見えて、落ち着いてくる」

グローバル化の流れは不可逆

−世界経済のあり方も変わるかもしれません。

「確かに、自国第一主義やポピュリズムに拍車がかかったようなところは世界で見られる。しかし、それを持ってグローバル経済の終焉や反グローバル化とするのは極論だ。各国の市場は結び付き、相互に依存し合っている。米国と中国も政治的には喧嘩しても、経済的には依存を高めている。一時的な揺り戻しはあっても、グローバル化は不可逆な流れだ。ただ、絶え間なく変化し、リスクにさらされるため、変化に対する順応力や対応するスピードは今まで以上に求められる。グローカリゼーションというのか、世界規模で考えて地域軸で行動するということになる。当社は世界100カ所以上で、市場の近くに工場を置いて、モノづくり、サービス、技術開発、営業を一気通貫できる地産地消の体制を作っている。自国主義が進むような時期には有利かもしれない」

−調達に課題はありますか。

「今回、一番反省していて、このたび社内で設けた6つの緊急プロジェクトに加えたのが調達だ。コストが低いからと中国に部品生産が集まりすぎていたり、1次、2次より先の調達先を把握し切れていなかった。グローバルの部品調達の方法は根本的に見直す。3次外注の先まで知っておいて緊急時にはそこと協議したり、少しコストが高くても地域や国別に分散化した調達網を作っておくなどの調達力を身につけておかないといけない。サプライヤー体制の再編を考えるには絶好の機会だ」

 

−調達先の分散はどう進めますか。

「中国だけに集中せずせめて世界3カ所くらいに分散するといった考えもある。もう一つ重要なのは技術開発を伴う製品については、開発拠点の近くでモノづくりをするということだ。コストを優先して海外生産すると、開発から生産への移行に時間がかかることがある。今回も空気清浄機が前年比2倍の需要があるが、ほとんどを中国で生産委託していたため、すぐに増産できない。換気や空気清浄の機能を持つルームエアコンなどの新製品開発もプロジェクトを立ち上げたが、こういった製品は技術開発している日本で生産するといいだろう」

日本全体の生産性高める

−働き方の価値観も変化がありそうです。

「世界中の人が自分自身を見つめ、家族の命や健康を考えるようになった。外出自粛を要請されて家族と過ごす時間やプライベートの時間も増えたと思う。ワークライフバランスの中の、ワークとライフの境界が変化して、ライフの比重が増えるのではないか。働き方の意識も大きく変わるかもしれない。多くの企業がテレワークやビデオ会議をやってみて、在宅勤務の良さや満員電車の通勤に対する疑問を感じた人も多い。これは素晴らしいことだ。テレワークが市民権を持ったことが、業務を指示する管理職の側でも業務の見える化やプロジェクトの進捗管理などの方法を見直す良い契機になった。日本全体の生産性を高めるのにもつながる」

「また企業もコロナから従業員を守る姿勢が評価されている。事業基盤を支える従業員を大切にする企業こそがエクセレントカンパニーだという考えが広がってきて、ステークホルダーにおける従業員のウェートが変化している。利益を上げることと社会に貢献することの両方が相まって初めて企業を評価するように、投資家や世の中も変わってくるだろう。国連の持続可能な開発目標(SDGs)やソサエティ5・0の考えにつながることであり、これができない企業はいくら利益を上げても沈んでいくということが、今回のコロナでも分かった」 

ダイキンの米ヒューストン工場(テキ サス州、同社提供)

「企業内のコミュニケーションでは便利なサービスやツールによって大抵のことが可能になるだろうが、だからこそ、フェース・ツー・フェースが大事になるということも忘れてはいけない。暗黙知、帰属意識、社風形成、企業文化とか、熱意、本気度など企業にとって大切なことはフェース・ツー・フェースでやる方がいい。デジタル化が進む程、その価値の重要さは見直される。人を基軸としてきた当社の経営は、案外、この機会に光り輝くのではないかとも思う。毎年、海外拠点でマネージャーミーティングを開いているが、ここで行う現地情報の伝達などはビデオ会議ですべてできる。ただ、現地に行って仲間の苦労を一日かけて聞くというのはビデオ会議ではできない。特定の人間が持つリーダーシップなども現地に行かなければ伝わらない。こういうコミュニケーションはやはりフェース・ツー・フェースであり、現地、現場、現物でなければいけない。当社でも波打ち際に行って、そこで判断し、答えを出せと言ってきた。これらは引き続き、より重要になる」

−働き方の価値観が変化するのに合わせて人事制度を見直す考えは。

「仕事の成果で管理するウェートを増やすべきと思うが、高学歴の若手が、長年苦労した50代の部長より高い給料を得るのが日本で受け入れられるだろうか。時間管理、成果管理、職務給、年功序列などのバランスを見直す時期だ。成果主義は正社員よりもむしろデータサイエンティストのような優秀な人材と、期間や仕事に応じて契約するほうがいいかもしれない。東大発ベンチャーに出資して仕事してもらうのも、人を採用するのに近い。こうした勤務形態の多様化と雇用の多様化、それに勤務時間や裁量労働などをミックスした人事制度を作ろうと考えている」

自前主義にこだわらず

−空気質への関心の高まりなど、これまでにない新しいビジネスが生まれる期待もあります。

「当社には換気、空気清浄、機器洗浄、医療機関向けフィルターなど優れた空気関連の固有技術がある。こうした技術を生かし、新たなものをスピードを持って生み出すため、自前主義にこだわらず、パートナーと連携し、オープンイノベーションの考えで事業を展開したい。スタートアップは新しい技術や製品を社会実装するのが非常に早い。さまざまなスタートアップと提携するため、2019年にコーポレートベンチャーキャピタル室という組織も作った。SDGsの達成や地球環境に貢献して利益を上げる製造業として売って出るのには絶好のチャンスかもしれない」

井上会長

■記者の目/強いリーダーシップ健在

井上会長はかねて「経営者は危機をチャンスとすることを常に考えなければいけない」と言い、経済危機や不況の度に改革を実行し、ダイキンを成長させてきた。新型コロナはまだ先行きが見通せないが、「答えのないところに答えを出すのがトップの役割」と言い切る。不安定な時にこそ、こうした強いリーダーシップが求められる。