九州への半導体産業の集積に伴い、非製造分野の地場大手が事業機会をつかむ動きをみせている。鉄道会社は物流や人流を取り込むべく事業を拡大。地方銀行は資金需要への対応などの企業支援を通じた地域振興で結束する。台湾積体電路製造(TSMC)の熊本進出や半導体関連メーカーによる九州各地での設備投資が、産業を支える地域企業の事業活動に広くインパクトを与えている。10年間で20兆円と見込まれる経済波及効果が表出し始めた。(西部・三苫能徳)

物流、“川上”見据え施設開発

「TSMCをはじめ熊本への産業集積は喜ばしい。グローバルでモノを動かす需要をつかまえる」。西日本鉄道の林田浩一社長はこう期待を寄せる。

西日本鉄道はフォワーディング(利用運送)を柱とする国際物流事業を世界各国で展開する中、地場でも事業を広げる。4月に営業拠点を熊本市中央区に設置した。狙いは九州南部での半導体、食品などの需要だ。1月には熊本空港の保税蔵置場で通関サービスを始めた。

西日本鉄道が戸田建設、東京建物と熊本市東区で共同開発する大型物流施設の完成イメージ(西日本鉄道)

不動産事業では熊本市東区で戸田建設、東京建物と延べ床面積7万平方メートル超の賃貸用物流施設を共同開発する。林田社長は半導体設計など“川上”の集積も見据えて、「福岡は魅力的に映るはず」とオフィスビルや住宅・マンションでも事業機会があると見通す。

JR九州も物流施設開発を積極化する。5棟目の賃貸用物流施設を2025年7月をめどに建設する。場所は九州の陸上交通の要衝とされるエリアに近い福岡県小郡市だ。古宮洋二社長は「TSMC以外にも工場建設の計画がある。モノの動きがより活発になる」とし、九州各地で施設開発を進める考えだ。

鉄道事業でも熊本県菊陽町でJR豊肥本線の新駅を27年春に設置予定。TSMC熊本工場の最寄り駅の隣駅となる。路線利用者の増加傾向や、熊本空港を結ぶ新路線計画を背景にメリットを見込む。

地場企業の好業績相次ぐ、設備・工事・電力供給に意欲

九州への半導体産業の再集積では大きな経済効果が見込まれる。九州フィナンシャルグループ(FG)の試算では、TSMCなどの進出に伴う熊本県内への経済波及効果として、22―31年の累積で約6兆8500億円と見積もる。

また九州経済調査協会(福岡市中央区)によると、九州・沖縄・山口地域への10年間の経済波及効果(生産誘発額)として約20兆770億円、域内総生産に9兆3650億円の引き上げ効果があるとする。

地場企業の24年3月期決算にはこうした好影響が実体として表れている。九電工は「半導体など製造業関連の設備工事が旺盛」(石橋和幸社長)なことなどを背景に過去最大の仕掛工事量を抱える。業績も好調だ。

九州リースサービスでは、営業利益と営業資産残高が目標値から10%前後上振れした。礒山誠二社長は「九州全体における半導体関連を中心にした高い設備投資を背景に、足元の営業活動が順調に進んだ成果」と胸を張る。

半導体工場をはじめ、電力消費の大きい施設の立地に対し、九州電力の池辺和弘社長は「経営にはプラス」と喜ぶ。同時に「10年ほど先にどうやって発電設備をつくるか」を考え始める段階に入ったとする。

同社の供給力として、進行中の開発案件を踏まえれば「報道で把握した需要を積み上げても10年は大丈夫」と説明する。他方、その後は本州からの電力供給を含めた検討が必要になる可能性を示唆する。

今後発表される電力広域的運営推進機関による需要想定を踏まえて、九電では電源開発の方針をまとめる考えだ。

地銀連携体発足、共同で投融資

金融機関も半導体産業の集積を地域経済の浮揚につなげるべく企業の支援に乗り出す。

九州・沖縄の地銀11行は1月、「新生シリコンアイランド九州」実現に向けた連携体を発足した。共同での投融資や商談会開催を通じ、サプライチェーン(供給網)の強靱(きょうじん)化、サステナビリティー活動の推進を後押しする。

九州・沖縄の地銀11行は、半導体関連のサプライチェーン強靱化で連携する。1月の発表会見で握手をする各行頭取ら(東京都千代田区)

連携を呼びかけた、ふくおかフィナンシャルグループの五島久社長は「資金需要にとどまらないニーズに対応する。企業誘致や台湾企業の日本進出も支援する」と展望を示す。11行連携による産業支援だけでなく、同社は新事業として金属部品商社を立ち上げており、地域の供給網強化に生かせる可能性がある。

熊本地盤の肥後銀行を擁する九州FGは24年3月期、半導体関連の企業向けや企業進出に伴う住宅関連などを含めて1000億円の融資を実行した。笠原慶久社長は「地元企業はサプライチェーンに入るための投資をしようとしている。資金需要は引き続き高い」として取り込みを狙う。

西日本フィナンシャルホールディングスでは、傘下の西日本シティ銀行が丸紅などと、脱炭素化に主眼を置いたインパクト・ファイナンス商品の提供を始めた。村上英之社長は「大手企業がサプライヤーに(サステナビリティーの)条件を設定する傾向にある」として、半導体関連の供給網に参画する中小企業の需要にも応えられると意気込む。

台湾・経済ジャーナリストの林宏文氏「学校で高レベル人材輩出を」

『TSMC 世界を動かすヒミツ』の著者で、台湾の経済ジャーナリストの林宏文氏は九州大学伊都キャンパス(福岡市西区)で講演。九州について「環境は整っている。(台湾と)二つのシリコンアイランドとしてやっていく素地はある」と評した。九州が1000社以上の半導体関連企業を擁し、製品の供給先にもなる自動車産業の生産力が強いことなどを理由に挙げた。

林氏

TSMCの人材採用については「新卒を好み、ゼロから教育する」と解説。「九大が取り組むように、学校で7―8割まで育成できれば企業の手間は省ける。レベルの高い学生の輩出が関係構築につながる」と提言した。

このほかTSMCの「米国進出がうまく行っていないのは文化的衝突が原因と聞く」とし、「熊本でも台湾と日本のカルチャーが十分に融合していない。解決する問題は多々ある。TSMCが世界に溶け込む必要がある。一つひとつ解決することが重要だ」と分析した。


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