昨年12月12日に慢性腎不全で亡くなった俳優梅宮辰夫さん(享年81)のクラウディア夫人(75)、娘・梅宮アンナ(47)、孫・百々果さん(18)が、16日放送のフジテレビ系「ボクらの時代」(午前7時)に、そろって出演する。

梅宮さんの四十九日を終えたことで、アンナが「落ち着いて話せるようになった、階段を一段上がれたかなと思う」と出演を決断。梅宮家の女性3代の初共演が実現した。同番組には、09年6月28日に梅宮さん、クラウディア夫人、アンナの3人で出演。クラウディア夫人とアンナは10年8カ月ぶりの出演となった。

収録の場所に選ばれたのは、梅宮さんが愛した東京・銀座の鉄板料理の名店「銀座うかい亭」。アンナは「去年9月か10月に一緒に来て、ここでお肉食べたんだよね。お客の中でも一番レアで食べていたと思う。レアよりも生の“ブルー”で」と、梅宮さんとの思い出を語った。3人しか知らない梅宮さんの素顔、4年間に及んだ闘病生活、そして最後の日の模様を振り返った。3人は「涙が止まらない」「パパはスーパーマンだった」と涙を浮かべた。

百々果さんが2歳の時にアンナが離婚。それからは梅宮家全員で育ててきた。アンナは「百々果がいなかったら、こんなに家族と一緒にいなかった。パパにとって百々果は命だった。核家族が多い中で、サザエさん一家に憧れていたのでよかった」。百々果さんは「じっじ(梅宮さん)は何でも買ってくれた。タコと遊びたいって言ったら、タコが家に来た」と笑った。アンナは「百々果が金魚すくいがしたいって言ったら、大きなプールを買ってきて100匹くらい放していたよね(笑い)。なんでもかんでも買わないでって言ったら『お前ひがんでいるんだろう』って」と振り返った。

梅宮さんは百々果さんの送り迎えも「俺が行く」と率先して育児に参加した。百々果さんが幼稚園時代にプールでおぼれかけた時も、梅宮さんが一番に水の中に飛び込んだ。クラウディア夫人は「一番愛情が深かったわね」と笑顔を浮かべた。百々果さんは「海水浴に行っても、4〜5時間でもずっと私を見張っているの。『おーい、ももー、こっちにおいでー』って」と笑った。

現在、百々果さんは都内のインターナショナルスクールに通って、米国の大学への進学を目指している。アンナが「芸能界に興味は?」と聞くと、百々果さんは「ない」と、きっぱり言い切った。父親がいなかった生活にも「じっじがいたから、100%お父さんがいなかった、というわけではない」と言葉に力を込めた。

梅宮家で男性は1人だけだった。アンナは「家で男がパパだけ。犬も全部女の子。でも男1人でも大丈夫なのよね。いつもロマンチストだった」。食通として知られていた梅宮さんが、雑誌を切り抜いて作ったオリジナルのレシピ本は18冊にも及んだ。アンナは「梅宮辰夫という人は、こだわり抜いて、好きなことをやって、人から愛されていたんだな、と。本当にきちょうめん、まじめ、約束は破らない。待ち合わせはいつも15分前だった。亡くなって、皆がいい人だったよね、と言ってくれる。ありがたいです」と振り返った。クラウディア夫人は「私は、何もしなくて良かった。ご飯ひとつ、かき回すのさえ嫌がったの。うるさかったよね」と笑った。アンナは「マミーが大好きだから結婚したんだよね。ママたちを見ていて結婚はいいなと思った」と話した。

梅宮さんの闘病生活を振り返り、アンナは「4年間闘病生活があって、十二指腸を取ってから体重が増えなくなった。去年3月に透析が始まって、どんどん身動きが取れなくなってね。心も破壊されていったのかなって思う」。クラウディア夫人も「悔しかったんでしょうね」と振り返った。 亡くなった当日、アンナにクラウディア夫人から電話があったが、出られなかった。百々果さんが朝5時にアンナさんの部屋に入ってきて「じっじが死んじゃったよ」と聞かされた。アンナは「無我夢中で、なぜか犬(4匹)を抱っこして、車に放り込む感じで乗せて…。あの日連れて行く必要はなかったのに。でも、ワンちゃんたちも会えてよかったのかな、って。最後の最後は、病室のベッドで亡くならずに、大好きな(ついのすみかとなった)真鶴で心臓が止まったから、よかった」と振り返った。

梅宮さんは亡くなる2年前に、都内から神奈川・真鶴に引っ越した。アンナは「マミーは1人がダメなんだよね。じっじもマミーも人が家にいるのが好きだったから」。クラウディア夫人は「人がいないと嫌。さみしいもの」と答えると、アンナは「1人で何でもできるようにならなければだめ」と励ました。

アンナは「家族で良かった、パパが良かった、本当に良かった。スーパーマンみたいだった」。3人は「泣かないつもりだったのだけど…」と言いながら、涙をこぼした。