熱心なミステリー・ファンは、小説家や映画製作者にとってありがたいものに違いないが、度が過ぎればやっかいなものになりかねない。丁寧に伏線を敷けば、犯人が早く分かりすぎるともの言いが付き、裏をかけば、ルール違反と怒り出す。

「霧の中の少女」(28日公開)は、ミステリー作家のドナート・カリシ氏が自らの原作を脚本化し、初監督した作品。法学部の卒論テーマにも「連続殺人」を選んだほどの、生来のミステリー好きだけに、伏線と裏切りの過不足は心得ている。マニアックなファンにも納得の1本となるはずだ。

かつてはリゾート地として栄えた山間の田舎町で地元の少女が失踪する。捜査の指揮を執るヴォーゲル警部は、名刑事と呼ばれる半面、自己顕示欲が強く、物証もないまま誘拐事件と断定する。メディアをあおり、不審な白い車の持ち主である大学教授を容疑者として追い詰めていく。

だが、あるベテラン記者が、過去の記録をもとに連続誘拐魔「霧の男」の存在を示唆、それが事実なら完璧に見えたヴォーゲル警部の推理は根底から覆されてしまうが…。

ヴォーゲル警部を演じるのが、名優トニ・セルヴィッロ。近年も「ローマに消えた男」(13年)や「修道士は沈黙する」(16年)の巧演が記憶に残っている。

今回は、名推理と言うより、この警部のアクの強さに比重を置く演技で、見る側もいや応なくこのキャラクターに引っ張られ、真相が見えにくい。カリン監督の意をくみ、ベテランならではの奥の深さを見せる。

容疑をかけられた教授は「ツーリスト」(10年)のアレッシオ・ボーニ。メディア攻勢を受け、悲壮な表情は容疑者というより「被害者」に見えてくる。前半は推理劇というより報道被害を題材にした社会派ドラマだ。

そしてこの町の精神科医にふんするのがジャン・レノ。ただならない存在感で決して脇役にはおさまらない。

山林の自然はもちろん、閑散としたリゾートホテルの大広間が物語の背景として重要な役割を担っている。セルヴィッロによれば「撮影のためにホテルは大変身を遂げた」そうだから、セット・デザイナーの仕事ぶりも素晴らしい。

原作を知らない身には文字通り予想外の結末だが、「な〜んだ」でも「やっぱり」でも「ウソだろ」でもなく。「そうか、そういうことだったのか」と気持ちよく納得させられた。【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)