H・G・ウェルズの「透明人間」は、フランケンシュタインやドラキュラと並ぶ古典的モンスターと言えるだろう。33年にホラー作品に定評のあったジェイムズ・ホエール監督によって映画化された後は、リメークが繰り返され、原作とはかけ離れたスピンオフ作品も量産された。

92年のジョン・カーペンター版では、薬の投与によって体が透明になるという設定を放射線に替えている。天才科学者が自らの発明で透明人間となったが故に犯罪者に転落するウェルズのヒューマンタッチは、カーペンターによって不運にも放射線を浴びた主人公が、彼を悪事に利用しようとする組織から逃げるサスペンスに置き換えられた。汎用(はんよう)性が高いがゆえの古典モンスターなのである。

7月10日に公開される2020年版は、「ソウ」シリーズ(04年〜)や「アップグレード」(18年)で知られる気鋭のリー・ワネル監督が、この題材をじりじりと焼かれるような現代スリラーに仕上げている。

透明になる方法は、現代光学を極めたステルス・スーツとなり、天才科学者と恋人の愛憎を軸にした原作の構成に倣いながら、科学者ではなく被害者となる恋人の方を主人公にしたところがミソになっている。

光学に置ける数々の発明で財を成した科学者のエイドリアン(オリヴァー・ジャクソン=コーエン)は同居する恋人セシリア(エリザベス・モス)を愛するあまり、異様なまでに束縛している。

映画はセシリアがエイドリアンに睡眠薬を盛り、セキュリティーが張り巡らされた邸宅から脱出するところから始まる。完璧すぎるセキュリティー、彼女の異様なおびえ方からエイドリアンの度を超えた執着心が印象付けられる。

妹のエミリー(ハリエット・ダイアー)と幼なじみのジェームス(オルティス・ホッジ)の助けで脱出に成功したセシリアだが、社会的影響力があり、ITに通じたエイドリアンの追跡に心は休まらない。

とうとうある日、エイドリアンの兄トム(マイケル・ドーマン)から連絡が入る。だが、トムの口から出たのは予想外の言葉だった。エイドリアンは彼女の逃亡に絶望して自殺し、遺産の一部を譲りたいというのだ。

エミリーとジェームスはこの言葉を信じるが、セシリアは執着心の強いエイドリアンが自殺するはずがないと主張する。やがて、セシリアは誰かに見られているという異様な感覚にとらわれるようになり、周囲で起こる奇妙な出来事は死者を出すまでにエスカレートしていく。

透明人間の存在を訴えるセシリアは心神喪失を疑われ、エミリーとジェームスの信頼も失う。孤立した平凡な女性が気力と知力を振り絞り、この「最強のストーカー」に立ち向かうところが本筋になっている。

ワネル監督はエイドリアン側の視点を排し、セシリアの視線で物語を進める。モンスターの「実体」が視認されるに従ってホラー映画の恐怖は逓減するものだが、この作品はぎりぎりまでそれが何かを見せない。透明人間が見え隠れし始める終盤はアクションの度合いを増し、巧みにテンションをキープする。

エリザベス・モスの怖がりの方は振幅の幅が広い。一時期絶叫クイーンと呼ばれたジェイミー・リー・カーチスのような存在になっていくのではないだろうか。【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)