<エールを君に!! 古関裕而を読む(6)>

作曲家・古関裕而氏は映画音楽でも活躍しました。ラジオドラマから映画化された「君の名は」は第3部まで製作され、いずれも大ヒットしました。古関氏は「君の名は」を含め、3年連続で配収ランキング1位の映画音楽を担当。映画音楽での“3連覇”は、いまだ古関氏しかいません。【笹森文彦】

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古関氏を語る時「君の名は」は外せない。劇作家・菊田一夫氏とのコンビで、NHKラジオドラマとして1952年(昭27)4月から2年間放送された。

45年5月の東京大空襲の最中に、東京・銀座の数寄屋橋で氏家真知子と後宮春樹が出会う。「生き延びていたら半年後にここで再会しよう」と約束。春樹が「君の名は?」と問うが、空襲で聞き取れぬまま別れた。終戦後、2人のすれ違いの物語が展開する。

ラジオの大反響を受け、松竹が映画化の権利を獲得。岸恵子が真知子役、佐田啓二が春樹役で、53年9月に「君の名は 第1部」、12月に「君の名は 第2部」が公開された。いずれも大ヒットし、同年の配収は第2部が1位、第1部が2位となった。配収とは作品を配給した映画会社に入る収入。当然、観客が多ければ多いほど高くなる。

翌54年4月27日には「君の名は 第3部」が公開された。ハリウッド映画「ローマの休日」や黒沢明監督の東宝映画「七人の侍」がライバルだったが、「君の名は」は強かった。2年連続で配収1位。映画代が125円前後の時代に、配収は3部合計で約9億円。

古関氏は53年1月公開の東映映画「ひめゆりの塔」でも音楽を担当。太平洋戦争の沖縄戦での悲劇を描き大ヒット。公開日の関係で52年度の配収1位となった。古関氏は52、53、54年と3年連続で配収1位映画の音楽を手掛けたのだ。

古関氏の自伝「鐘よ鳴り響け」(集英社文庫)には「その時の収益金で現在の地に松竹本社ビルが建ったなどと噂された」「傾きかけた東映が一気に活気付き立ち直ったという」とある。宮崎アニメの久石譲氏や黒沢作品の佐藤勝氏ら、数多くの興行1位映画を手掛ける音楽家は多数いる。ただ3年連続は古関氏だけ。応援歌に行進曲に映画音楽と、時代が生んだ多才な作曲家の証しである。

○…ラジオドラマの主題歌「君の名は」(作詞・菊田一夫、作曲・古関裕而)は、ソプラノ歌手の高柳一葉さんが歌った。古関氏の妻で声楽家の金子さんが推薦した。映画では同じ主題歌を織井茂子が歌い大ヒット。映画からは「黒百合の歌」(織井)「君、いとしき人よ」(伊藤久男)「君は遙かな」(佐田啓二、織井)などもヒットした。「ひめゆりの塔」の同名主題歌は、伊藤が歌った。