歌手槇原敬之(50)が13日、覚せい剤取締法違反(所持)と医薬品医療機器法(旧薬事法)違反(所持)の疑いで警視庁組織犯罪対策5課に逮捕された。

衝撃が走った99年の前回逮捕時の記事を振り返ります。

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シンガー・ソングライター槇原敬之(のりゆき)容疑者(30)が、覚せい剤取締法違反の現行犯で、警視庁本富士署に逮捕されていたことが30日、分かった。同署が同容疑者の覚せい剤使用の情報をもとに、今月26日午前9時30分ごろ、自宅マンションを家宅捜索し、覚せい剤約1グラムを発見した。同容疑者は約1年前からの使用を供述している。ヒット曲「どんなときも。」はセンバツ甲子園の入場行進曲となり、第一線で活躍中の逮捕に、関係者は衝撃を受けている。

本富士署によると、槇原容疑者が覚せい剤を所持しているとの情報があり、以前から内偵を進めていた。26日午前9時30分ごろ、覚せい剤取締法違反容疑で東京都港区の同容疑者の自宅マンションを家宅捜索し、ソファの上にくしゃくしゃのソファカバーがあり、その下に覚せい剤1グラム(末端価格約3万円)の入ったペンケースが見つかった。この覚せい剤はプラスチック容器2個に分けて入っており、それぞれペンケースに入っていた。

家宅捜索の際には、槇原容疑者も在宅しており、一緒にいた7歳年下の友人のフリーアルバイターも同法違反容疑で逮捕された。同署は両容疑者の尿検査をして、覚せい剤を使用していたかどうかを調べている。家宅捜索では注射器などの器具は見つかっておらず、吸引していたものとみている。

本富士署によると、槇原容疑者は「1年ほど前から覚せい剤を使用していた」と供述。入手経路については「新宿で知人の外国人から4万円で買った。2人で2万円ずつ出した。友人に買いに行かせた」などと話している。友人は逮捕の前日から槇原容疑者宅に宿泊していた。

槇原容疑者は今年6月、体調が悪かったことから都内の病院で検査を受けたところ、急性肝機能障害で1カ月の加療を要すと診断され入院した。当時、7月に発売されたアルバム「Cicada」の曲作りとレコーディング作業に追われており、スタッフには「最近疲れが取れない」などと話していた。

大学入学前には3浪。風ぼうも普通の青年で、その経験などから生まれた青春の応援歌「どんなときも。」(91年)は、ハイトーンの美しい声とともに若者の支持を得て約200万枚のヒットとなった。翌年の高校野球センバツ行進曲にもなり、その後も「もう恋なんてしない」(約150万枚)などヒット曲を連発。昨年度の高額所得番付では推定所得約4億円と、歌手部門4位にランクインされていた。それだけに、ファンや音楽関係者に与えた衝撃は大きく、槇原容疑者本人、所属事務所代表に加え、父親が「お詫(わ)びする適切な言葉がうまく見つかりません。本人も反省しているので、決して同じようなことがないようにして欲しい」との異例のコメントを出した。

◆「どんな処分でも」事務所代表が接見様子語る

槇原容疑者の所属事務所の代表取締役がこの日夜、都内の事務所前で会見した。同氏は「大変申し訳ございません。全然気づかなかった。監督不行き届きです」と何度も頭を下げた。

同氏によると、槇原容疑者は逮捕される前日の25日は、ツアーのリハーサルを行い、新バージョンの「どんなときも。」に「いい出来だね」と満足していたという。逮捕された26日に同氏が接見すると、やつれた様子で涙を浮かべ「ごめん……なさい」と謝り「どんな処分も受ける」と言っていたという。

また、6月に入院した際には血液検査だけで尿検査はなく、覚せい剤について医者からの説明はなかったという。事務所の前には心配したファンが集まり、涙ながらに問い合わせてくる電話も事務所に殺到した。

◆大阪の実家は留守

大阪府高槻市の高級住宅街にある槇原容疑者の実家ではこの日、昼間から雨戸が閉められたままだった。郵便ポストには29日分から朝刊が放置されており、近所の住民によると「ここ数日は(両親を)見かけておりません」。父親の元に、毎年正月には同容疑者が帰省しているという。近所の主婦は「半年ほど前、息子さん(槇原容疑者)を見かけましたが、顔色が悪くて心配してたんです」と話していた。

◆松井もいた92年のセンバツ行進曲

槇原のヒット曲「どんなときも。」は、「愛は勝つ」(KAN)「SAY YES」(CHAGE&ASKA)などを押しのけ、1992年(平4)の第64回選抜高校野球大会行進曲に選ばれた。この年の決勝では、三沢興一投手(現巨人)擁する帝京(東東京)が、東海大相模(神奈川)を破り初優勝した。星稜(石川)の松井秀喜(現巨人)は1大会3本塁打を記録。その星稜と、今岡誠内野手(現阪神)がいたPL学園(大阪)は準々決勝で敗退した。

◆槇原敬之(まきはら・のりゆき) 1969年(昭44)5月18日、大阪・高槻市生まれ。5歳のころからクラシックピアノを弾き始める。中学のころ、YMOに心酔。大学浪人中の90年(平2)、アルバム「君が笑うとき君の胸が痛まないように」とシングル「NG」でデビュー。3浪後の91年に青山学院大に入学。同年6月発売の「どんなときも。」が映画「就職戦線異状なし」のテーマソングなどに起用され、約200万枚の大ヒットとなり、NHK「紅白歌合戦」に初出場。日本レコード大賞新人賞も獲得。ほかに「もう恋なんてしない」「冬がはじまるよ」など多数。今年4月期放送の日本テレビ「ラビリンス」(桜井幸子主演)の主題歌「Hungry Spider」もヒット。今年は好物の菓子パンのプロデュースも手掛けた。

(99年8月31日付紙面から 一部加工。敬称は当時のもの)