【テレビが10倍面白くなるコラム】

 新型コロナウイルス騒動で、スポーツ競技は、開催されても、軒並み無観客になっている。で、テレビを見ていて、それほど違和感がないのは野球だ。プロ野球でもかつてパ・リーグは、いつもスタンドはガラガラだったし、今でも大学野球は、早慶戦を除けば、学ラン応援団とチアリーダーと暇そうな学生だけという試合は少なくない。

 テレビカメラが追うのはバッテリーとバッター、打球が飛べば野手や走者で、観客席が映るのは、バックネットとホームランかファウルボールの時ぐらいだから、観客がいなくてもほとんど気にならない。

 サッカーは制裁処分でしばしば無観客ゲームはあるし、ゴルフは荒天でギャラリーを入れないことがあった。グリーン回りがすっきりして、かえってコースがきれいに見える。ラグビーや陸上、水泳も、観客がいなくてもテレビ観戦にとくに問題はなさそうだ。

 客がいないと、「催し」そのものが成り立たないことがはっきり分かったのは、大相撲である。歓声がないから、テレビからも、力士のすり足、行司の衣擦れ、横綱が土俵入りで大きく吐き出す息などの音声が鮮明に聞こえて、それはそれで新しい興趣なのだが、やはり物足りない。

 炎鵬がはじき飛ばされそうになった時の悲鳴のような声援、白鵬が圧倒的強さで勝った時の少しがっかりしたような客席のため息などがないこともあるが、大相撲の観客は単に取組を見物に来た人たちではない。天下太平を祈念する神事でもある相撲を奉納する側の、いわば主役だ。主役がいないのだから、祭りとして成り立っていない。がらんとした観客席の寒々しさは、それだったのだ。

 物言いがつき、審判長の「ただ今の協議についてご説明します」というマイクの声にも、「説明? だれに?」と思わずツッコミを入れたことだろう。

 春場所はあす22日が千秋楽だが、表彰の時の土俵わきの優勝力士インタビューはどうするのか。あれも会場の観客に向けた挨拶とお礼でもあるから、拍手もない中でやるのは奇妙だ。

 安倍首相は「新型ウイルスをアンダーコントロールにする」というが、そんな楽観的な状況ではない。5月の夏場所も無観客になるのではないか。

(コラムニスト・海原かみな)