【大高宏雄の新「日本映画界」最前線】

 映画評論家の松田政男さんが、3月17日に亡くなった。享年87。筆者が、もっとも影響を受けた映画評論家のひとりだ。それは反権力を貫いた執筆活動が、学生運動が活発化した政治の季節のただ中で鋭利な刃のような輝きを放っていたからに他ならない。1960年代後半から70年代にかけてのことだ。

 筆者は学生運動に間に合わなかったシラケ世代なので、70年代前半から彼の評論、書物を読み出したクチだ。反権力とは国家に対するものだけではない。五社(四社)体制の映画界、映画論壇(まだ残っていたのだ)など、いわば映画の既成勢力にも批判の刃は向かった。その文脈で大島渚、若松孝二、鈴木清順監督らを積極的に評価した。

 実は日刊ゲンダイで松田さんについて書くことがとても重要との認識がある。彼が1976年9月2日から長年にわたり映画評を連載していたからである。その初期の文章をまとめた著作「日付のある映画論 松田政男のシネ・ダイアリー」のあとがきにこう記されている。

「(いろいろなメディアで書くなかで)自身がメインの仕事として全力投球しつづけてきたのが、日刊ゲンダイ紙上における週3回の匿名コラムであった〜中略〜(そこで)転形期の映画状況を撃ちつづけようと企意したのである」

 夕刊紙で映画について語る意味は映画にそれほど関心、造詣がない読者にも分かりやすい言葉で映画の魅力(その逆もある)を丁寧に伝えていくことだ。日刊ゲンダイ紙面においての松田さんらしからぬ柔らかい文体は、そのことを強く意識していたからだろう。まさにその「企意」をくみ、彼の志を筆者も受け継いできたつもりだ。松田さん、ありがとう。ご冥福をお祈りしたいと思う。

(大高宏雄/映画ジャーナリスト)