【今だから語れる涙と笑いの酒人生】

 飯尾和樹さん(51)

 お笑いコンビ「ずん」の飯尾和樹さんは、売れるまで多くの先輩に酒席で励まされてきたという。若い頃は潰れてホッケー部の寮で介抱されたこともあり……。

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 飲みに出かけたり家でハイボールを作ったり、酒は好きですね。飲み始めた頃はカルピスサワーとか飲みやすいお酒から入り、その後はウイスキーをコーラで割ったりして。今は芋焼酎。レモンサワーやハイボールなどで飲んでますかね。

 酒での失敗は芸人になる前、スケート場でバイトしていた時。大学のホッケー部の選手が練習してまして、僕は部員にかわいがってもらっていたんですよ。ある夜、国士館大の人と三軒茶屋の居酒屋で飲んでいたら、みんな飲み方が豪快なんです。つられて飲んでると、僕だけ酔っぱらって足にきてしまって立てなくなり、同じ世田谷にある国士舘大の寮まで連れていかれちゃいました。

 寮の部屋で寝かされた時、僕を連れてきた3、4年生が寮にいた1年生に「後は頼むぞ!」と言い、1年生が「はい!」と。任された1年がオデコに冷たいタオルをのせたり、ポカリスエットを持ってきてくれたり、朝までずーっと介抱してくれた。僕が「いいからいいから、寝てください」と言っても、「先輩の大事なお客さんですから!」と。今でも覚えています。部員のみなさんと飲んでる時は楽しかったですけど、関係ない1年生に申し訳ないことしたなぁと思います(笑い)。

■浅井企画の「酒が強い四天王」

 芸人になって初めて出会ったのが同期のキャイ〜ン。ウド鈴木とは金がない頃からお互いの部屋でよく飲んでましたねぇ。氷を買うお金もないから、冷蔵庫に付いてる小さい氷を作るスペースの氷がなくなったら、氷なしで水割りとか飲んで。それでも楽しかったですね。

 ウドの方が早く売れて、それからはよくおごってくれましたよ。昔の芸人気質というか、ウドはたとえば後輩芸人と飲むと、おごって帰りの車代まで出してあげるタイプ。

 ウドは酒が強かったですねぇ。うちの事務所だと他には小堺(一機)さん、相方のやす、イワイガワのジョニ男さん。そこにウドを入れて、浅井企画の酒が強い四天王じゃないですかね。みんな3〜4軒飲み歩きますし。僕はみんなほど強くないので、2軒目で一度アイスコーヒーを挟むと、みんなにガクッとされますね。とにかくみんな明るい酒です。

周囲が「絶対大丈夫」と言って飲ませてくれた

 酒席でいろんな人に励まされてきました。ウドとは親友だし、僕がまだ売れてない頃は、一緒に飲みながら「飯尾さんは面白いから、絶対大丈夫だよ。絶対大丈夫」と何度も言ってくれて。

 他の事務所ですけど、出川哲朗さんも「絶対大丈夫だから」と言ってくれましたね。出川さんは一滴も飲まないのによく僕に飲ませてくれて、車で送ってくれました。今もそうですけど(笑い)。僕はしょげてるわけじゃないんですけど、みんな明るく励ましてくれましてね。

 事務所の大先輩の関根勤さんもお酒飲まれないのに、飲みに連れてってくれて、好きなだけ飲ませてくれて。関根さんは会うたび「あのネタ、面白かったよ」と言ってくれてました。

 振り返ってみれば、僕はいろんな人によくしてもらった芸人人生ですよ。手のかかる芸人だったんじゃないですかね。お世話になった人たちのことを書いた本を昨年末に出しましたけど、一冊には書き切れませんでしたから。

 仕事の後の酒の味は日により変わります。ジョニ男さんと仕事が一緒の時に、終わった後によく飲みにいって、「レモンサワーが甘く感じたら、うまく笑いが取れた証しだな」「酸っぱく感じたら失敗したんだな」と言い合ってました。で、「また次、頑張ろう」と別れる(笑い)。

■夏になったら縁側に腰を下ろして…

 僕は食べ物と酒を一緒に楽しむタイプ。気さくなものが好きです。コンビニのカラアゲくんとビールとか。ハムカツとレモンサワーとか。シャレた洋食よりそういう組み合わせで、掘りコタツの店で、日が暮れる前の夕方から飲むとか、草野球を終えて午後2時から飲むのが最高ですよ。

 このご時世、まったく飲みにいけませんが、早く日常を取り戻して飲みたい。夏になったら、縁側に「よっこらしょ」と腰を下ろして、枝豆とビールの組み合わせで、蚊に刺されながら飲みたいですねぇ。

(聞き手=松野大介)

▽いいお・かずき 1968年12月、東京都出身。91年から芸人活動。2000年にやすとお笑いコンビ「ずん」を結成し、人気に。バラエティー番組などで活躍中。著書「どのみちぺっこり」(PARCO出版)発売中。