5月3日午後、市川海老蔵はブログに「個人的に今ふと決めました。2020年5月3日16時35分 十三代目の誕生日にしようかな笑笑 なんとなく笑笑 今日を市川團十郎白猿の誕生日にして いつか皆様に 披露公演をする」と書いた。

 本来ならこの日、5月3日が歌舞伎座での團菊祭五月大歌舞伎の初日で、海老蔵の十三代目市川團十郎白猿襲名が宣言されるはずだったのだ。

 新型コロナウイルスのおかげで、歌舞伎を含めて演劇は壊滅状態にある。現時点で歌舞伎公演は予定されていた7月までの全公演が中止か延期になった。緊急事態宣言は5月末までなので、6月に入ってから準備すれば7月公演はできそうだが、自粛がもっと続くと見込んでいるのだろう。團十郎襲名のリスケジュールも決められない。

 ファンも役者たちもつらいが、松竹の経営にも痛手だろう。これまでは、歌舞伎が不振のときは映画が黄金時代で、映画が斜陽化したら歌舞伎が盛り返しと、何かがダメでも他のもので収益を確保できたが、今回は演劇も映画も収入ゼロの状態が続く。

 いつ歌舞伎公演が再開できるか分からない状況だが、劇場はどこも無事だし役者も元気なので、再開できる状況になれば、すぐにも可能だ。

 歌舞伎の場合、新作以外の古典は、普段から歌舞伎座での全体稽古は1回だけで、初日を迎えている。大道具や衣装などの準備で数週間はかかるとしても、演目と配役だけ決めておけば、役者たちは短期間で幕を開けられるはずだ。しかし役者と劇場がその気になっても、観客の気分は、すぐにはコロナ以前と同じにはならないだろう。

 半年近く「歌舞伎に行かない生活」が続き、それに慣れてしまったファンが、行く気になるかどうか。さらに経済状況の先行きが不透明なので、一般論として客足は鈍るし、高齢者は外出そのものを控えるだろう。客席が埋まるまでには時間がかかる。

 そう考えれば、たとえ秋から再開できても、最初の数カ月は空席を覚悟しなければならない。であれば、團十郎襲名披露公演は来年5月まで延期し、そこでの完売御礼を目指す戦略にしたほうがいい。もともと戦後の團十郎家と尾上菊五郎家の襲名披露公演は、5月の團菊祭というしきたりがあるので、五輪同様に1年延期としたほうがすっきりする。

 戦後の十一代目、十二代目の襲名披露公演は、当時低迷していた歌舞伎興行へのカンフル剤となった。十三代目襲名が「歌舞伎の危機」の時期に重なってしまったことで、またしても「團十郎襲名」が歌舞伎人気回復の起爆剤となる役割を果たすことになる。

 襲名披露公演を来年5月まで延期するとして、それまでの間に海老蔵が出演する場合、「團十郎」と名乗って出るのか、「海老蔵」なのかという問題が生じる。だがもうブログに書いてしまったのだから、今後は團十郎でいいのではないか。

無言を貫く日本俳優協会

 外出が自由になってから、一家揃って青山墓地の堀越家(市川團十郎家)の墓参りをすれば、それによって「團十郎の霊」を受け継いで、「團十郎」になったと解釈できる。襲名披露公演をせずに團十郎を名乗っても、詐称にはならない。そして5月に華やかに襲名披露公演の幕を開ける――となってほしい。

 それにしても、歌舞伎役者の団体である日本俳優協会は、今回のコロナ禍について協会としてのコメントを何も発表していない。松竹にしても、公演中止のお知らせをしているだけだ。

 海老蔵だけでなく、坂東玉三郎もオフィシャルサイトに毎月書いているエッセーで近況と現在の思いをつづっているし、ブログを持っている役者たちも、公演中止で芝居ができないことの悔しさや無念さを書いている。だが、それらはあくまで個人としての思いだ。先のことが分からない状態だが、なおさら、歌舞伎界としての何らかのメッセージを出すべきではないのか。

 人間国宝であり芸術院会員であり文化功労者である大御所たちは、演劇界を代表して、この危機において歌舞伎に何ができるか、何をしたいのか、語ってほしい。

(作家・中川右介)